Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


「ふぅ……」

 19世紀後半に建てられたというその邸宅は、典型的な英国庭園を有していて、あかねが特にこれといった当てもなく歩いていると、木の板で蓋をされた古い井戸に行き当たった。

 可愛らしい小さな桶が装飾代わりに板の上に乗っていて、あかねはなんとなく立ち止まってその桶をいじりはじめた。

(結婚、かぁ……)

 今までそれほど深く考えたことはなかったのに、幸せそうな佳苗と、それを祝福する大勢の人たちを前にしていたら、あかねは急にそれを意識しはじめてしまった。
 当然、相手は……。



「Hi there」
 突然後ろから声を掛けられて、あかねは慌てて振り返った。

 結婚式の参加者の一人が、スーツのポケットに手を入れたまま井戸の方に歩いてきている。名前は知らないが、確か新郎の友人の一人だ。

「こんにちは、一人?」

 濃い色合いのブロンドの男性だった。
 ケネスほどではないが、背も高い。あかねはほんの少し警戒心を抱いたが、かといって無視するわけにもいかず、曖昧な笑みを浮かべた。

「いいえ、連れが居ます。少し疲れたからここで休んでるだけで」
「そっか、ここなら静かだもんね」

 男は、適当にうなづいたあかねの横に、特に悪びれもせず立ち止まった。あかねがいじっていた桶をじっと見ていると思うと、急に顔を上げて、あかねの瞳を覗き込む。

「君の連れって言うのは、君のフィアンセなの?」

 あかねは顔を上げた。
 初対面の会ったばかりで、いきなり失礼な……と思わなくもなかったが、男は思ったより真剣な表情をしている。あかねはすぐには答えられなかった。

 フィアンセ、ではない。

 結婚の約束をしているわけではないのだから。
 ケネスは、言うなればあかねの「Boy Friend」に当たるのだろうが、もうボーイという年齢でもないし、こういう聞かれ方はよくするのだ。
 その度、いつも答えに少し困る。

 あかねが口ごもっていると、男はそれを否定とでも受け取ったのか、さらに一歩近づいてきた。

「それならさ……僕にも、」



 と、男が言いかけたとき。

 彼は急に後ろを振り返った。そして驚いたように背を反らして、一歩下がる。

「な、なんだよ……」

 誰かが男の肩をぐっと掴んでいた。
 いや、誰かもなにもない。口を引き結んで眉間にしわを寄せたケネスが、男の肩を強引に引き寄せ、あかねから遠ざけた。

「彼女は連れがいると言ってるだろう。耳が聞こえないのか?」

 普段の落ち着いた彼の声とは明らかに違う、低い、ざらついた声。男は怖じ気づいたようにさらに数歩、自らあかねから離れた。

「し、しょうがないだろ、一人だったし、フィアンセってわけでもないみたいだから……」
「うせろ」
「分かったよ!」

 いじけた少年のように高い声を上げた男は、ケネスの腕を振り払い、早足で人混みの方へ消えていった。あかねはなかば呆然とその場面を眺めながら、動けずに立ちすくんでいた。