Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 なんと……いくらなんでもこんなに朝早くに来るとは思わなかったから、秘書が去った後、あかねはしばらく放心したまま動けないでいた。
 確認した訳ではないが、きっと昨日のあの男と同一人物だ。
 昨今外国人など珍しくもないけれど、昨日の今日で、しかもあの男性は確かにイギリスアクセントの英語を使っていた。

(わたしじゃなくて、会社に用、だった……の?)

 あかねは机の横にある鏡に自分を映して、身だしなみを整えた。
 肩まで伸びた髪をなで付け、襟元を直す。その日のあかねはシンプルな白のシャツにベージュのスカートといういでたちで、それは中々、あかねの女性的な雰囲気によく似合っていた。

 鏡の前で格好を決めると、小さく短い息を吐いて、あかねは応接室に下りるため部屋を後にした。



 早足で階段を駆け降り、応接室に入ったあかねを迎えたのは、やはり……昨日の男性と同一人物だった。背の高い黒髮の外国人。
 薄いグレーのスーツが彼の身体に完璧に合っていて、否応なしに高級感を醸し出している。

 ソファがあるというのに彼はそれには座らず、扉に背を向けて立ったままで、あかねが部屋の扉を開けると、肩越しに振り返った。

「また、アイマシタね。ミス・イチジョー」
「はい……昨日は」

 男性は……いや、今はケネス・リッターという名前をすでに知っているのだが、それだけ言うと可笑しそうに目を細めて、もと見ていた壁に視線を戻した。