Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 結果からいえば、あかねは、ショックで夜の街をさ迷っていたわけでも、家出を決行したわけでもなかった。

 それでも、約五分後、水色の傘を差したあかねが一ブロック先の角から現れたのを見たとき、ケネスは奇跡を目撃したような気分になった──。
 驚いたのはあかねも同じだったようで、つぶらな瞳を一生懸命に瞬きながら、雨に濡れたケネスが駆け寄ってくるのを見つめている。

 そのまま、道の往来で、ケネスはあかねを抱きすくめた。
 それも、あかねが狼狽してしまうほどぎゅっと、強く。

「ど、どうしたの……? ケン、もう、大丈夫なの?」

 長身のケネスに立ったまま抱きすくめられてしまうと、もう、あかねには周囲が見えなくなる。彼は明らかに濡れていた。
 あれから、まだ二十分と経っていないのに。

「あ、あの」

 戸惑いつつ、あかねはゆっくりと顔を上げた。すると、切ない表情のケネスと視線が絡み合った。あかねは短く息を呑む。傘は、いつのまにか手から落ちていた。

「I don't know how can I apologise」

 どう謝っていいのか分からない。

 雨の中、ケネスはそうぼそりと言って、さらに強くあかねの身体を抱いた。一滴の雨さえ二人の間には届かないような、固い抱擁で、あかねは危うく手にした荷物を落としそうになったほどだ。

 押さえ付けられたケネスの胸が、ちょうどあかねの耳元辺りに当たって、焦り打つ鼓動がいやに大きく聞こえる。
 あかねは微笑んだ。

「But you don't have to」

 でも、そんな必要はないのに。

「Yes I do」
「You don't」
「I do」

 そう、小さな押し問答が続いて、結局あかねが折れた。

「分かりました……。でも、それは家の中で……」