一条正敏に捨てられた後のケネスの母は、典型的なアルコール依存症に陥っていた。
子供の頃は理解不能だったこの経過も、自身が大人になった今は、理解することが出来る。多分母は心の痛みから逃げ出したかっただけなのだ。一時の安楽を得るため。
しかし、アルコールの恐ろしいところはここからで、最初は手段だったものが、次第に目的へとすり替わっていく。
雨は彼女を憂鬱にさせた。
あるいは、確かめた事はないが、一条正敏と別れたのが雨の日だったとか、そういった理由があったのかもしれなかった。とにかく彼女は雨になると鬱になり、酒の量も増え、家にいるケネスを叩くようになった。
母子家庭育ちでもあり、幼い少年だった当時のケネスにとって、母親とは無条件で慕う相手であり……十歳を数える頃には、少なくとも肉体的には、反抗しようと思えば不可能ではなかったはずだが、少年のケネスにはそれが出来なかった。
母一人、子一人がケネスの全世界だったからだ。
手を挙げられて。
しかし、女性である母に反抗は出来ずに、家を飛び出し雨の夜をさ迷ったこともある。
雨が降ると急に気温の落ちるロンドンの街で、なに一つ持たずに、凍えながら、行く当てもなく──。
それ以来、ケネスは雨を嫌悪していた。
特に夜の雨を。
小雨はまだいい。ロンドン独特の通り雨も、気分は良くないがやり過せる。ただ今夜のような本格的な雨だけは、時々我慢ならなくなるのだ……。
ケネスは拳を握り、壁をガンッと叩いた。
幼い頃の自分と、先刻のあかねの姿が重なって見えて、苦痛に顔を歪めた。
一体なにをやっているんだと自問自答しながら──大した答えは得られなかったが──興奮が冷めるのを待った。


