Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 あかねだって、ちゃんと分かっている──わざと暴力を振るわれた訳ではない。ケネスはあかねの手を退けたかっただけで、彼女を突き飛ばすつもりなど微塵もなかったのだ。

 しかし、床に倒れたあかねは、衝撃でなかば呆然とケネスを見上げていた。
 そして、ケネスは──

「ケ、ケン……あの、」

 ケネスはしばらく、あかね本人以上に驚いた顔で、彼女を見下ろしていた。

 両瞼を見開くケネスに、当のあかねの方がオロオロとしてしまうほどだった。そう、こういう時、本当にショックを受けるのは、やってしまった方なのかもしれない。

 幸い、あかねは倒れた場所にはカーペットが敷いてあり、実際大した衝撃はなかった。
 ただ驚きは驚きであり、すぐには立ち上がれなかっただけだ。

 それをケネスがどう解釈したのかは分からない……驚愕の表情を浮かべる彼に、あかねはなんとか、よろよろと立ち上がって腕に触れようとした。
 『私は大丈夫』、そう、言いたかったのだ。

 しかし──

「ケン!」

 あかねがそう叫ぶより早く、ケネスは大股であかねから離れ、廊下の先にある書斎部屋の扉を勢いよく開けて中へ入ると、ものすごい音を立ててその扉を閉めた。

 フラットが揺れようかという強さで閉じられた、書斎の扉。
 呆然と立ちすくむ、あかね。
 そして、窓を叩くせわしい雨音だけが、その場に残された。