Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 抱き上げていたあかねを下ろすと、木々のざわめきが止んだ気がした。
 穏やかな静寂が二人を包む中──ケネスはそんな話をあかねにして、彼女の頬に手を寄せた。あかねもその手にそっと触れる。

「Can you forgive me?」

 ──先にそう言ったのは、ケネスではなくあかねの方だ。
 ケネスは驚いて眉を上げて、可笑しくなって低く笑う。なんて可愛い女性なんだろう。俺はいったいこの女性になにをしたのか……。

「それを言うのはわたしの方じゃないかな」
「いえ……つまり……わたしを、受け入れて貰えますか? 貴方にとって、わたしは苦しい過去の象徴でしょう?」
「あなたのせいじゃない」
「でも、事実です」

 意外にも気丈な言葉と、まっすぐな視線を向けてくるあかねに、ケネスはもう一度微笑んだ。思っていたよりも強い女性なのかもしれない。
 そう思うとなぜか、嬉しくもなった。

 ケネスは答えた。

「Yes. I forgive you, even if you never asked me to」

 その答えに、あかねも安心したように微笑み返す。
 彼女の表情は少し幼くて、しかし同時に女性らしくもある。ケネスが惹かれた、彼女の魅力の一つでもあった。

「でも、わたし達の目の前にはもっと大きな問題があるな」

 ケネスが思い出したようにそう指摘すると、あかねがその瞳をぱちくりと瞬いた。

 最初は驚いたような顔で、黙って答えを求めている。
 しかしケネスが黙ってはぐらかしていると、今度は少し怒ったような表情に変わった。

「な、なんですかっ、言って下さい!」
「さあ、どうしようかな」
「えぇ……!?」
「わたしはこんな男だよ。今まで演じてきた完璧な紳士なんかじゃない。それでもいいかい?」
「それは──」

 と言いかけて、あかねは一瞬言葉に詰まった。しかし今更、選りによって今、なにを遠慮する必要があるのだろう?

「それは、薄々気が付いてました。というか、わたしが好きになったのは、紳士な貴方じゃなくて、時々貴方が見せてくれた別の部分です」

 答えながらあかねは、いつも惹かれていた、あの、彼の切ない笑顔を思い出す。そう、もしかしたら最初から本能で分かっていたのかもしれない……あれこそが、本当の彼だと。
 あかねの答えを聞いて、ケネスは静かに囁いた。

「Will you forgive me?」

 そして続ける。

「わたしはこんな男だし、あなたを傷つけた。もしあの二ヵ月の、優しかっただけのわたしに夢を見ているなら、それは違うと言わなければならない。おまけに今、少しばかり懐も寂しいしね──間違いなく、白馬の王子ではないよ。それでも?」
「もう」
「貴女はゴミを掴もうとしているのかもしれない」
「止めて下さい、もうっ」

 二人は笑って、また、きつく抱き合った。そしてしばらく、お互いを確かめ合うような抱擁が続く。

「I will」
 あかねはケネスの耳元に囁くように答えた。

「I forgive you」





It's said and done.

 過去こそが私達の未来を捕らえていた、あのころ。
 貴方がわたしを許すこと わたしが貴方を許すこと──それが出来たとき、この愛は本物になる。