The heart beats faster, as my breath goes deeper.
次の日──。
いつもより早めに会社に顔を出したあかねは、集中しなければいけないはずの仕事に、中々手を付けられないでいた。理由は、分かっている。
昨日の夕方の、突然あかねに話しかけて来た外国人のことが、頭から離れないからだ。
(ば、馬鹿みたい……っ! 仕事しなきゃ)
そう自分を叱咤して、まとわりつく意識を消し去ろうと、あかねは首を振った。
大体、自分はもう小娘ではない。大学も卒業した立派な大人だ。異性から声を掛けられることだって、少なくはなかった。
あかねは特に飛び抜けた美女という訳ではなかったが、いかにもお嬢さんらしい可愛らしい顔立ちをしていたし、母親譲りの白く抜けるような肌を持っている。
(でも)
明日、と彼は言った。
一晩明けた今、それはまさに今日の事を指している。だからだ。
だから、どんなに頑張っても、こうして意識から拭いきれないだけだ、と、あかねははやる鼓動をなんとか抑えていた。
大体、冗談かも知れないし、彼の日本語はあまり流暢ではなかった。
言葉の使い方を間違えただけ、というのも有り得る。
あかねはそう何とか自分を納得させながら、慣れない書類仕事に没頭しようと、机の上に広がる紙の山とにらめっこをしていた。そんな時だ、まだ随分と早い時間──時計を見上げると、やっと八時半を回ったところ──だというのに、秘書があかねの仕事部屋の扉を叩いた。
「はい、どうぞ」
あかねが答えると、素早く扉が開かれた。
現れた秘書は、色こそ地味なグレーだが、品質の良さそうな目をひくカットスーツと白いシャツを着込んでいる。長い黒髪を後ろで一つに束ねていて、三十代半ばだというのに、彼女の大きな瞳はいつも好奇心旺盛に輝いているのだ。


