あかねの目の前には紅茶が置かれている。
しかし、あかねはそれに手を付ける気にはなれなかった。飴色の紅茶がゆっくり冷めていくのを、遠くに感じていた。普段は好きなはずの香りが、なぜかいやに鼻についた。
これから三島がなにを言おうとしているのか、あかねには見当がつかなかった。
自分たちは今、何か大事な話を聞いていると……分かったのはそれ位だ。
三島は続ける。
「二十五年前だ。正敏はケネス君の母親に出逢って、恋に落ちた。少なくともケネス君の母親は、二人は恋に落ちたと信じた……」
ケネスの母親、キャサリーン・リッターは、ケネスの父親である夫を数年前に亡くしていた。当時ケネスは四歳、シングルマザーとして、小さな貿易会社を経営しながら必死で生活していた──それがその頃の彼らだ。
そんな時、あかねの父・一条正敏は彼女の会社との取引相手として、彗星のように彼らの目の前に現れた。
「最初は正敏もただの取引のつもりだったらしい。しかしケネス君を見れば分かるだろうが、彼女は中々の美形だったようだ。私は当時日本に残っていたので、実際に見たことはないが」
三島はそう説明した。
あかねの父は彼女に熱いアプローチをはじめ、取引の額も大幅に上げた。彼女の小さな会社にとっては、大きすぎるほどの規模に。
短い間だったが、キャサリーンも次第に彼に惹かれていく。
最終的に、彼らは婚約まで交わし、公私共に順調に進み始めた。
しかしキャサリーンにとって誤算は、彼には恋や愛よりもずっと大切なものがある──そういう種類の男だと 、気が付かなかったことだ。
婚約を交わし二人が男女として深い仲になった頃、あかねの父、一条正敏のもとに一つの縁談が舞い込む。
あかねの母だ。
当時、バブルの波に乗りって富を蓄えた企業の、社長の娘。正敏にっては願ってもいない話だった。
最終的に正敏は、非情で残酷な形でキャサリーンを切り捨てた。
突然取引を中止し、彼女の元を大した理由も説明せず離れ、それきり彼女を寄せ付けなかったのだ。キャサリーンの小さな会社には致命的な出来事だった。
そしてもちろん、彼女の心にも。


