Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 濡れた髪のケネスは、どきりとするくらい色っぽかった。その瞳に据えられて、その腕に捕まえられて、その声で甘く囁かれて──雨で冷えたはずの身体が、勝手にどんどん火照っていく。

「あなたは綿菓子みたいだ。甘くて柔らかい。濡らしたら溶けてしまいそうで怖いな」
 そう囁いて、あかねの手からハンカチを取ると、ケネスはそれであかねの額から髪にかけてを優しく拭いた。

 布を通して伝わる熱に、身体が芯から溶けていってしまいそうな気分になる。
 あかねはケネスを見上げた。

 ケネスの視線はとうにあかねを捕らえていて、放さない。

 視線と視線が合ったとき、まるで目の前で花火が散ったような感覚を覚えた。それはもしかしたら遠い稲妻だったのかもしれない──しかし、続いて、ケネスがまたあの少し切ない笑顔を見せたとき、あかねの中で確かに何かが弾けた。

(わたし……)

 どうしてこの笑顔に惹かれるのだろう。

(わたし、この人が――)

 見つめ合う二人の間で、無言の同意が交わされる。



 外の雨はまだ止む気配はなかった。雨音と、遠くに聞こえる水を弾く車両のタイヤの音、誰かの足音……。
 そんな雑音を背景に、二人は見つめ合い続けた。

 髪から、服から、とめどなく滴る水滴。
 冷えた空気と対照的に、熱くなっていく自分。

 ケネスが手にしていたハンカチを離すと、それは濡れた地面に落ちて水を吸っていった。ケネスの両手がそのままあかねの頬を包む。
 骨ばった大きい手は、あかねの首元からうなじの髪にまで届いて、頭すべてを掴まれているような格好になった。しかし彼の動作はゆっくりで、いとおしむように優しくて滑らかで、苦しくなるほどに心地良い。

 さらに近付き合うと、ケネスの髪から滴る水滴があかねに落ちた。



 ──先に求めたのは、どちらだったのだろう。
 そう思うほど自然なキスだった。
 最初は柔らかく、触れるだけのキス。次に、少し時間を置いて、もっと情熱的に。

 ケネスの両手はあかねの顔を包んでいて、あかねの手はケネスの胸元に添えられていた──静かな雨の夜。

 二人の心が、最も遠かった夜。