Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 耳をすますと、トクン、トクンという鼓動が耳に響く。
 それが自分のものなのか、彼のものなのかは、もう、よく分からない。

 けれど、二人の鼓動が溶け合っているというその事実が、なぜか心地良い。心地良くて、でも同時に、ひどく緊張する。

 ケネスの大人っぽい香りを鼻腔に感じながら、あかねはしばらく動けなかった。動こうとするとケネスの腕に力が加わるせいもあったけれど、本当は、この人の胸から離れたくなかったからだ──だから動けなかった。

 そんなうっすらとした自覚があかねにはあった。


「アカネ?」
 ケネスの低い声が頭上に響いた。

「大丈夫ですか? 向こうではこういう雨はすぐ止むんだが──日本のは違うでしょう。とりあえずどこか避けられる場所を探そう」

 そう言って歩き出そうとしたケネスを、あかねは見上げた。ケネスの真剣な瞳と目が合う。

 雨が降っている。強く、激しく。
 そんなことをぼんやりと、まるで他人事のように遠く感じるくらい、その瞳に引き込まれた。

 ケネスのスーツの影で守られていたあかねの服も、だんだんと雨に濡れて水がしみ込んきているのが感じられる。
 スーツから顔をちょこんと出して辺りを見渡すと、数十メートル先に小さい屋根のついた休憩所が見えた。ケネスの視線も同じ場所を追っている。

「はい」
 と、あかねが頷くと、ケネスはあかねの頭上に自分のスーツを被せたまま、早足で進み始めた。
 足元の水が跳ねる音が、妙に響く。
 二人分の足音。

 休憩所に辿り着くとケネスは短い溜息を漏らして、あかねをスーツの庇護から解放した。

「きちんと庇っていたつもりなんだが、濡らしてしまいましたね。すみません」
「い、いえ。平気……」

 ひたひたと水滴の滴るケネスのスーツを見て、あかねは慌ててカバンからハンカチを取り出した。
 あかねはわずかに濡れている程度だが、ケネスは髪からスーツまでほとんどずぶ濡れだ。急いで差し出したハンカチだが、しかし、小さい女性用のそれは慰め程度にしかならない。

 彼の前髪を拭こうとしただけで濡れきってしまって、あかねはそれをぎゅっと絞った。

「無駄ですよ」

 濡れたハンカチを絞ってもう一度拭こうとするあかねを、ケネスは低い笑い声を漏らしながらそう言って止めた。ケネスの手があかねの手首を押さえて、動きを封じる。

「まったく、あなたはやる事が一々可愛らしい」
「で、でも拭かなくちゃ……っ」
「わたしは平気ですよ。通り雨には慣れてるし、男ですから」
「あ……」