Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 その夜──。

「雨になりそうだな。急ごうか」

 そんなケネスの声に、あかねはハッと我に返って空を見上げた。

 もうとっくに暮れた宵の口、仕事帰りに待ち合わせをしていた二人だったが──怪しげに曇る空模様に、ケネスは挨拶もそこそこにあかねの手を引いた。

 二人が待ち合わせをしていた公園は大きく空が開けていて、晴れている日こそ気持ちがいいものの、ひとたび雨に降られると避ける場所がない造りになっている。
 今夜の天気は崩れやすいと予報にあったし、湿気っぽくなってきたのが肌にも感じられた。

「そうですね、傘、忘れちゃったし」

 あかねが素直にそう答えてケネスに歩調を合わせると、彼は彼女を振り返って、微笑んだ。あの、少し切ない、あかねをときめかせる微笑だ。

「あなたは本当に純粋だ。時々罪悪感を感じてしまう」
「え?」
「いや、何でもない。走っても大丈夫かな、その靴は」
「あ、は、はい……」

 そうあかねが答えると、ケネスは視線をそらして前を見すえた。そして、あかねの手を引いて、針葉樹が両端に並ぶ公園の遊歩道を早足で駆け抜ける。

 ──何度か、手を触れ合ったことくらいはあった。

 しかし、こうしてしっかり手と手を握り合ったのは初めてだ。
 ケネスの手は痛いくらいにしっかりとあかねの手を握っていて、肌と肌が触れ合うそこから、胸の奥を締め付けるような妙な熱さが流れ込んでくる。
 久しぶりに走り始めたせいもあり、あかねの息はすぐに上がった。