あかねは静かに顔を上げた。ケネスの穏やかな視線と目が合う。
(わたしの心、そのもの――)
それは確かに、彼のものになりつつあった。
あかねの隣を歩く、この、出会ったばかりの男性のものに。でも。
「わたし……なんて答えたらいいのか……あの、まだあなたの事を何も知らないし……」
「最初からすべてを理解し合っている二人など居ません。実を言うと、わたしももっと、あなたのことが知りたい。どうですか、これから、必ず週に二回は会って食事を共にするというのは?」
急に、くだけた感じで喋り出したケネスに、あかねは瞳を瞬いた。
「週に二回?」
「最低でも。出来ればもっと多い方がいいのでしょうが、お互い仕事がある身だ。あなたはわたしが求愛しているとか、融資しているとか、そういう事は気にしなくていい。ただ一緒に時間を過ごして、お互いを知る。もしこれ以上会いたくなくなればそう言ってくれていい。そうすればわたしも無理強いはしません」
──初めて会った時から、この人はあかねを驚かせる。
今も例外ではなかった。
少しくだけた感じで喋り出したケネスは、今までの彼より少年っぽく見えて、それもまた、あかねの心をざわつかせた。
ケネスは二、三歩、飛び跳ねるように前へ進み、振り返ると、あかねの目の前に立ち止まった。
「やくそく、します。イイですか?」
あかねの顔を覗きこみ、ケネスは日本語でそう言った。
長身の彼がするその仕草は中々可愛らしくて、あかねはつい、小さく噴き出してしまう。ケネスもまた微笑んだ。
穏やかな夜だった。
静かで、滑らかで、なにもかもが良い方向へ進んでいるように思える。
「はい、つまり……お友達から、ですね?」
「ハイ、オトモダチ、です。Friends」
二人はクスクスと子供のように笑い合って、そして、約束をかわした。
約束通り、その日から週に二、三回、彼らは一緒に時を過ごした。
たいていは仕事帰りのディナーで、最初の時のように、共に食事をした後、ケネスがあかねを適当と思える場所まで送る。時々、週末に映画や展示会を見に行くこともあった。
ケネスはなにも強制しなかったし、常に紳士で、優しい。
濃い茶色のようで、時にもっと明るい色にも見える、ケネスの瞳は次第にあかねの心を奪っていった。ふとした瞬間に垣間見られる、憂いを帯びたケネスの表情もまた、あかねにもっとケネスを知りたいと思わせるものだった。
(素敵な人……)
二ヶ月が過ぎた頃、ケネスはあかねの中で、これ以上ないくらいに大きな存在へと変わってきていた。


