Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 あかねは答えられなかった。
 気が付くとウェイターが前菜を運んできていて、二人の間に立って給仕を始めている。

 手の込んだ美味しそうな料理だ。しかしもう、食事の味を感じることなんてできるだろうか――そう疑問に思えるほど、あかねは浮ついた気分だった。

 ケネスはそんなあかねにもう一度、微笑を見せて、テーブルの上で組んでいた手をほどいた。

「とりあえず食事にしましょう。これ以上告白を続けたら、あなたが心臓発作を起こしてしまいそうだ。せっかく再会できたばかりなのに、それは困るんでね」

 冗談なのか本気なのか。
 ケネスはそのままウェイターにいくつか指示を残すと、あかねに食事を勧めた。


 その夜の食事は、それから二時間ほどで終わった。

 本格的なフレンチで、一品一品の間に結構な時間を置いていたせいだ。しかし純粋に食を楽しめる一連の料理でもあった。コースが終わると、ケネスは食後酒を、あかねは紅茶を頼んでそのまま店を後にした。

 店から出るとまた、現実の世界が広がっている。

 都心独特の目まぐるしい喧騒が、数時間前まではこれこそ現実だと思っていたはずなのに、今度は逆に非現実のような気がしてくる。
 二人は一緒に外に出ると、すっかり暗くなった夜空を見上げた。

 ケネスは少し歩こうか、それともすぐにタクシーを捕まえようかとあかねに訊いてきた。

「いえ……まだ電車がありますから」

 とあかねが答えると、ケネスは少し怒ったような顔でそれを否定した。

「冗談はよして下さい、こんな時間に女性を一人で電車に乗せるとは。タクシーを呼びます、いいですね」