ケネスはそのまま、誘うようにあかねを店内へ招いた。
店内では、美しい古典絵画たちが豪華な額の中で各々の美を競っている。床は石造りで、塵も染みも見当たらない。テーブルは木製だが、その落ち着いた色合いは昨日今日造られたものではないことを示していて、それだけでもあかねの感嘆の溜息を誘った。
案内された席は、言われた通りその店一番の場所だった。
他の席とは一段だけ高い位置に置かれており、一方に目を向けば全フロアが見渡せる上に、逆を向けばガラス扉を通じて緑に溢れた中庭が視界に入ってくる。その中庭もまた所々、アンティーク調の照明に飾られていて、なんともロマンティックだ。
しかし今あかねの心臓を高鳴らせている理由は、この景色でも、それだけで大きな価値があるであろうテーブルの上の食器でもなかった。
ケネスだ。
静かに、しかし優雅にアペリティフに口を付ける彼には、昼間とは少し違う色気があった。
「好きなものを頼んで下さい。パテが有名らしいが、スシがいいと言うなら用意させますよ」
「いえ、お勧めのものを……」
はにかんでそう答えるあかねに、ケネスは初めて、本物らしい微笑を見せた。
目の前に席を取った彼との微妙な距離に、あかねはますます鼓動が早まるのを感じてきた。
目の前にいるこの魅力的な男性が、突然あかねの会社を救いたいと言い出し、おまけに結婚を申し出てきたのだ。
考えれば考えるほど、夢物語の気がしてくる。


