Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 たとえ落ちても、あかねは社長令嬢として育ってきた。

 華やかな場所には一応慣れているし、礼儀作法や振る舞いも、それなりに分かってはいる──が、今夜ばかりは少し驚いた。
 ケネスに誘われたレストランへ約束の時間から三分ほどずらして入ると、黒いスーツの案内係が丁重に挨拶してきた。

「一条あかね様ですね、リッター氏はカウンターでお待ちです。すぐお席を用意致しますので」

 はたして、ケネスは確かに、カウンターで飴色の飲み物が注がれたグラスを持って立っていた。
 ウィスキーだろうか。
 服装は昼間と同じくスーツだが、別のものに着替えている。しかし昼と同様、見事にケネスの身体に合っていて、それが店の高級な雰囲気と完璧に調和している。

 案内係が近づくと、ケネスはすぐに顔を上げた。

 あかねを見つけると少し驚いたような顔をしたが、しかし、それはほんの一瞬だった。すぐにもとの慇懃な表情に戻ると、カウンター内にいる男になにかを言って、あかねの方へ歩いてきた。

「どうかな。この店が嫌なら、すぐに他の所に変えますよ」

 ケネスは最初にそう提案してきた。
 しかしその口調の奥には、そんな筈はないとでも言いたげな自信も垣間見られる。傍目には憎らしいくらいの紳士ぶりだった。

「まさか! こんな素敵な場所が都内にあるなんて知りませんでした。名前だけは聞いた事があったんですけど、本当に綺麗……」
「気に入って貰えたなら嬉しい。アカネ──と、呼んで構いませんか」
「は、はい」
「良かった。今夜は一番の席を用意させたから、楽しんで貰えると思います」