気が付けば太陽は西に傾き、空は日中の陽光と明るさを失いつつある。
地平線へ沈もうとしている太陽は、その日最後の明かりを細々と地上に降らせていた。珍しく空気は乾いていて、過ごしやすい夕暮れ時でもあった。
この夕方──あかねは、本来ならまだ会社に残るべきところだった。
再興を目指してやるべき仕事が山とあったのだから。
それがどういう訳か、これから始まる夕食の為に、あれでもないこれでもないとイブニングドレスを選んでいる自分がいる……。
(黒じゃ堅苦しすぎるし、ピンクじゃちょっと子供っぽいし)
会社のある建物から出てすぐ近場にあるショッピング街で適当な店を見つけると、あかねは急いで夕食用のドレスを選び始めた。
結局、あの後、ケネスは、この話は置いておいて仕事の話をしましょうと──融資話をとんとん拍子で進めてしまったのだ。額もあかね達が考えていたよりもずっと大きく、会社としては夢のような話だった。
こちら側に揃えるべき書類があるため、完全に話が締結するのは数日後だが、少なくとも暗礁に乗り上げかけていた一条グループは今、息を吹き返す足掛けを得たことになる。
そしてケネスは、会社を後にする直前、あかねを夕食に誘った。
場所は知る人ぞ知る著名なフレンチレストランで、高価な事でも知られている。間違っても仕事帰りにそのままの格好で寄れる場所ではなかった。
「二人で話をさせて下さい、カジュアルなデートだと思って。無理強いはしませんから」
と説明したのはケネスだ。
融資話の手前、彼をむげにする訳にはいかなかったし、実のところ、あかねに断る理由はなかったのだ。
最初に一目見たときから、あかねがケネスに惹かれたのは事実だったのだから──聡明そうな彫りの深い顔立ちは、否応なしにあかねの瞳を引き付けたし、声も物腰も、女性なら溜息を吐かずにはいられない。
そんな魅力的な雰囲気をケネスは充分に持っている。
明るい店内の一角で、イブニング・ドレスのコーナーを一瞥しながら、あかねは今夜起こるべきことを想像して頬が火照ってくるのを感じていた。
そう、あかねは結局、そのケネスの誘いを受けたのだ。


