Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


A silence swallows the whole company in the room.


 数秒の沈黙のあと──。
 最初に口を開いたのは、あかねでも三島でもなく、ケネス本人だった。

「驚かせてしまうのは分かっています。疑問に思うでしょう、なぜ、と」
「え、あ、あの……」
「わたしたちは昨日初めて顔を合わせたばかりだ。ろくに面識もない。それがどうしてこんな話になるのか、と」
「そう……です、でも」

 口篭っていしまうあかねに対して、張本人のケネスは、仕事の話をしているときと同様に滑らかで饒舌なままだ。
 そのせいで余計に現実味を欠く。
 もしかしたら、からかわれているだけなのかもしれない──緊張に震えそうになる手をなんとか抑えて、あかねは、普段より気丈に背筋を伸ばし、ケネスに答えた。

「おふざけはよして下さい、ミスター・リッター。今は仕事の話をしているのでしょう?」
「『おふざけ』ですか。もちろん、すぐ真剣に取って貰えるとは思わなかったけどね。でも、ミス・イチジョー、これは本当に本気の話なんです」

 片膝をついたままそう言ったケネスは、微笑と共にあかねの手を取ると、ゆっくりとその甲に軽いくちづけをした。

「……っ!」
「ミスター・リッター」

 混乱しているあかねに代わって、三島が声をあげて間に入った。彼も同じく混乱しているようなのは変わらないが、少なくとも、本人のあかねよりは落ち着いているのだろう。

「どういう事でしょうか……? その……あなたの当社への融資決定は、あかね君が理由だと」

「確かに、そういうことになります」ケネスは滑らかに続けた。「しかし、強制するつもりはありません。そしてビジネス面もきちんと考慮しています。確かに現在の状況はあまり良くありませんが、経営基盤はしっかりしているし、ミスター・ミシマ、あなたのような優秀な社員もいらっしゃる。この融資は──そうですね、求婚の手土産だとでも思って頂ければ」

 ケネスは落ち着いた声でそう宣言すると、もう一度あかねに向けて、例の、作り物か本物か分からないような不可解な笑顔を見せた。