Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 ケネスの抑えたバリトンの声に、あかねは背筋をぴんと張り直した。

「アカネ・イチジョー、わたしは貴女が欲しい。だからわたしはあなたと、あなたの会社が必要としている融資を申し出ているのです」

 ──それは低く、厳かで、でもどこか冷たい声。
 あかねが返す言葉もなく絶句していると、三島が横から質問を返した。

「それは……どういう意味でしょうか? 彼女をヘッドハンティングなさりたいと……?」

 その声には、疑問と当惑がありありと浮かんでいた。そんな筈がないと言いたげでさえある。
 それもそのはず──あかねは社長と言っても着任してまだ数日、形ばかりの立場で、実績らしい実績は何もない。三島本人の様な優秀な社員をケネスが欲しがるのならまだしも、あかねをビジネスの為に引き抜くとは考え難い。

 そうすると思い当たる理由は一つだけだが、それを易々と口に出来るほど、三島は前時代的な人物ではない。

「違いますよ。まぁ、ある意味そうかも知れませんが」
「それでは……」

 ケネスの視線は、三島と話しながらもあかねに向けられたままでいた。

 しばらくの沈黙のあと。
 ケネスはおもむろに立ち上がると、正面に座るあかねの前まで進み出た。
 あかねが慌てて立ち上がろうとすると、ケネスは「待って」と低く言ってそれを遮る。

 ケネスはあかねの目の前で片膝を折った。

 ──今時、たとえ外国であろうと、映画以外では滅多にお目にかかれない動作だ。しかしそれがなにを意味しているのかは、あかねにもすぐに理解できた。

 心臓が、壊れてしまったのではないかと思えるほど高鳴って、頭に血が上る。
 固まって動けなくなってしまったあかねの前で、しかし、ケネスは滑らかに先を続けた。

「アカネ、わたしと結婚して欲しいのです」