ゆっくりとそう言って、ケネスは胸のポケットから名刺を三島に差し出した。
三島がそれを見た。すでに鈴木から見せられているはずだが、本人の手から渡されると、また少し実感が違うのだろう。
ケネスは続けた。
「今回わざわざイギリスから日本へ来た理由は、あなたがたです」
「ウチと取引をなさりたい、と」
「取引というべきか──融資をさせて頂きたいのです。失礼ですが、ミスター・ミシマ、現在この会社はあまり芳しい状態とは言えませんね」
「この会社だけではありません。日本の経済自身が難しい状況なのです」
「そうとも言えます。しかし、あなたがたに悪い話ではないはずです」
「悪いどころか、これ以上素晴らしい話はないくらいです、ミスター・リッター。しかし……」
三島はそこまで認めて、一旦言葉を止めた。日本人にしてははっきりした顔立ちの三島の瞳には、明らかに疑問が浮かんでいて、ケネスはそれを予想していたように質問をさえぎった。
「なぜ、と仰るのでしょう。なぜわたしがこの一条グループを選んだのか」
「平たく言わせていただければ、そうです」
「理由は単純です。正直、確かに、あなたがたと同じような会社は日本にいくらでもあります」
そう言って、ケネスはゆっくりと、三島に向けていた視線をあかねに移した。
あかねはといえば、彼らの話を聞きながらも、ただただ戸惑っていた。まさに昨日まで咽から手が出るほど欲しかった融資話が、今、目の前に据えられている。
けれど理由が分からなくて、上手く事情を飲み込みきれない。
二人の視線が合って、ケネスは口元を緩めて微笑んだ。その表情にはまた、笑顔であるはずなのに喜びを感じさせない、不思議な雰囲気があった。
「わたしの理由は、あなたです。ミス・イチジョー」
「え……」


