あかねは戸惑いに頬を赤く染めた。
女性としてならともかく、一つの会社の社長としてあるべき態度とは言えないだろうが、その時はどうしようもなかったのだ。
ケネスの口調は丁寧で、でもどこか、有無を言わせないような強い響きがあった。
突然ファーストネームを呼べと言われるのも、日本人のあかねには慣れない。おまけにケンはケネスの愛称だ。
「と、あまり真剣に取らないで下さい。ケン、は、日本語にも同じ名前があると聞いたので、それが言い易いだろうと思ったんですよ」
そんなあかねの戸惑いに気が付いたのか、ケネスは肩をわずかに竦めて、そう言った。
「日本語、勉強していらっしゃるんですか?」
あかねが訊くと、ケネスは一瞬だけ窓の方を見て、すぐに視線をあかねに戻すと答える。
「少し嗜んでみた程度ですけどね。挨拶くらいはと思って」
「とてもお上手でしたよ」
「それはどうも。あなたの英語も中々だ、ミス・イチジョー」
そんな社交辞令としか言いようのない会話が、それから少しの間、続けられた。
ケネスは常に礼儀正しく、あかねの彼に対する警戒心は徐々に解けはじめていった。
しかし、逆に、疑問はだんだんと増えていく。
彼はなにをしに来たのだろう、と。
ただビジネスのためだけという感じではない。かといって、あかねを誘惑しようとするような素振りも皆無だ。あえて言うのならば、まるで、久しぶりに遠い親戚を訪ねにでも来たかのような雰囲気、だろうか。
けれど、ケネスの視線はあかねを探るようにぴったりと彼女に張り付いて離れない──あかねは、どくどくと鼓動がはやるのを必死で抑えていなくてはならなかった。


