Who can control this desire for revenge?
Not me.


 ケネスは自分のすぐ横の、小さい窓から外を眺めた。目下には海洋が広がっている。
 自分と、他の何百人かという乗客を乗せたボーイング機は、体の芯に響くような低い振動を始めていて、すでに機が着陸準備を始めているのを感じさせた。
 長いフライトだったと、ケネスは窓枠に肘をつき外を眺めたまま、漠然と考えていた。

 ──いや、違う。長かったのはフライトではない。今までの人生、すべてが。

 視線を機内に戻すと、ちょうどフライトアテンダントがケネスの横を通ったところで、自然と目が合った。ビジネス・クラスの客となると、搭乗員は必要以上にこちらをかまってくる。

「これが始めての日本訪問ですか、サー?」

 愛想良く、しかし礼儀正しくそう訊ねてきたブロンドのフライトアテンダントは、ケネスの前にある空のグラスを回収しながら、意味ありげな微笑を見せた。

「ああ、有難いことにね。君はどうなんだい」
「仕事で何度か寄らせてもらいましたわ。そうですね、とても面白い国だと思います」

 彼女の笑顔が少し営業向けなものに変わったのを理解して、ケネスは皮肉っぽく口元を上げて微笑んだ。

「正直に言っていいんだよ」

 声もまた、冷たい。
 フライトアテンダントは肩を竦めた。

「難しいですね。彼らの考え方は、わたし達とは少し違うので」

 それは仕事中の彼女の、精一杯の意見だったのだろう。ケネスは他に何か入用ですかという彼女に礼を言って断り、また窓の外に視線を移した。
 そして視線の先に入ってきた大陸を睨むように見据える。

 自分にはこれからこの国でやるべき事があるのだ。
 終わらせるべき事、が。

 意識はせずとも、ケネスの表情は、機が着陸地に近付くにつれてますます厳しさを増していった。胸の中にどす黒い何かがどんどん湧いてきて、それはもう、気が付けばこのまま爆発しそうなほどのサイズになっていく。しかしそれを抑えようという気は、ケネスには全くなかった。
 待ったのだ。ずっと、この時を。それが来た。
 なにを遠慮する必要があるのか──と。

 良心の呵責(かしゃく)は存在しなかった。

 それは、ケネスが冷たい人間であるという意味ではない。
 目には目を、歯には歯を──だ。先人はずいぶんと上手いことを言った。そうすれば確かに、この復讐への欲望は収まるのだろう。


 機は空中で円を描きはじめた。
 ケネスは両瞼を閉じる。思い出の中の母を思い出し、もう一度、復讐を深く心に刻んだ。