悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

 愛奈がグラスを持っていないのに気がつき、志桜はそう尋ねた。彼女と楓をふたりきりにさせようという下心も……多少はあったかもしれない。

「いいの? ありがと――」

 愛奈の台詞を途中で遮った。

「俺が行くよ」
「えっ、いや……」

 自分が行きますよ、と志桜が言うより先に楓はスタスタとバーカウンターのほうへ歩き出してしまった。

「楓さんって優しい人なのね」

 どこかうっとりしたような顔で、愛奈は小さくなっていく彼の背中を見つめている。

「そ、そうねぇ」

 曖昧な返事になったのは、彼が優しいのかどうか志桜にはわからなかったからだ。

(極悪人ではないと思うけど)

「だってね!」

 そう言って、愛奈は愛らしい顔をこちらに向けた。

「さっき彼と志桜の話をしたんだけど……志桜を本当に大切に思っているみたいだから」
「大切?」

 どう解釈しても、それは愛奈の勘違いじゃないだろうか。彼を悪人だとは思わないが、志桜にまったく興味がないのは疑いようのない事実だ。

(でなければ、この五年の間に一度くらいは会いに来たはずよね)

 なぜ、そんな誤解が生じたのか。愛奈と彼がなにを話したのか、志桜は聞いてみた。