悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

 そして今、一点をじっと凝視している志桜の瞳はいつもよりさらに怖そうな印象を与えているかもしれない。
 なごやかな雰囲気で談笑する美男美女。ほんの数分前、女性の落としたハンカチを男性が拾ったところからふたりの交流は始まっていた。

(楓さんも、あんなふうに笑ったりするのね)

 男性の名は鷹井楓、IT業界の雄である鷹井グループの御曹司。そして……志桜の婚約者でもある人だ。
 少し癖のある黒い髪、前髪は自然に流していて形のいい額がのぞく。細く高い鼻筋、彼の怜悧さが伝わる切れ長の目元、シャープな輪郭のなかに各パーツが完璧なバランスでおさめられている。
 精緻に作られた氷像のような美貌。とんでもなく美しいけれど、どこか冷ややかで人間離れしている。彼の容姿について、志桜はそんな印象を抱いていた。

 けれど今、彼女の前に立っている彼は違う。優しく目尻をさげ、形のいい唇をほころばせている。楓の冷たく静まり返った瞳と、真一文字に結ばれた口元しか知らない志桜の目には、まるきり別人のように映った。

(あの氷像みたいな人からも笑顔を引き出しちゃうんだから、やっぱり愛奈はすごいわ)

 彼を溶かしたその女性を、志桜はよく知っている。
 萩田愛奈。同じ年のイトコだ。