悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

「彼って顔はかっこいいけど、笑えるくらいにおバカだったわよね。『〝本家のお嬢さま〟の志桜にいじめられてるの』って私が涙を浮かべたら、あっさり信じてヒーロー気取りになっちゃって」

 クスクスという愛奈の笑い声が耳にまとわりついて、どうしようもなく気分が悪い。

「でも世の中って案外バカばっかり。会社でも似たような手があっさり通用しちゃうんだから」 

 愛奈はゆっくりと志桜の横を通りすぎる。そして、すれ違いざまに耳元でこうささやいた。

「次は、楓さんを奪ってあげる」
 
 午後の仕事中も家に帰ってからも、ずっと目の前が真っ暗だった。
 心のどこかで、まだ愛奈を信じたい気持ちが残っていたからだろう。たとえば、なにか誤解があるとか、志桜が知らぬ間に彼女を怒らせていたとか。

(きちんと話せば仲直りできるんじゃないかと思ってた)

 でも、そうではなかった。愛奈は最初から、志桜を友人だとも思っていなかったのだ。
 知ってしまった真実は、あまりにも残酷で痛かった。

(愛奈は何の目的で、あんな嘘をついてまで私をあの店に行かせたの?)

 楓を奪う、あの宣言となにか関係があるのだろうか?
 その答えは、翌日にあっさりと判明した。