悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

 ソファから腰を浮かせた彼の腕を、志桜は思わずつかんでいた。楓の視線がそこに落ちる。

「どうした?」

 楓はもう一度ソファに座り直し、志桜に向き直った。
 頭で考えるより先に身体が動いていた。だから、この行動の理由を志桜自身もうまく説明できそうにない。

「もう少しだけ。ひとり暮らしで、別に門限があるわけでもないので」

 グッとなにかをこらえるように、楓は眉間に力を入れる。喜んでくれているようにはとても見えない。
(あ。迷惑だったかな)

 うつむきかけた志桜の顎に彼の指がかかる。クイと上を向かされると、熱をはらんだ黒い瞳がそこにあった。

「君はわかっていないようだから、はっきり言うが……俺は志桜のすべてが欲しいと思ってる。心も、身体もだ」

 うめくように落とされる、情欲交じりの声。志桜の全身がぞくりと震える。
 楓はふっとため息をこぼし、苦笑いをしてみせる。

「わかったなら、これ以上煽らないでくれ」

 スッと離れていく彼の手を、志桜はつかまえてギュッと握った。

「っ、志桜」
「あ、煽ったのは楓さんのほうだと思います。五年もほったらかしだったくせに、急に現れて、別人みたいに優しくしてきて……」

 彼のまっすぐな思いが、志桜の固かったはずの婚約破棄の決意を揺るがした。