悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

「人間の手はふたつしかないから。新しいものをつかむには、なにかを手放す必要があるのかもしれないな」

 偽りの友情を手放す勇気を持てば、強い自分をつかめるだろうか。

「……きちんと考えます。考えて、向き合おうと思います」

 しっかりと答えた志桜に楓はふっと頬を緩めた。

「少なくとも、俺は君がNOと言わないかぎりはそばにいる。友人でも、兄でも、君が望むものになってやる」
「……楓さん」
「もちろん、恋人になりたいという野心を捨てる気はないがな」

 クスリと笑った彼が志桜の口元に手を伸ばす。彼の指先が触れた瞬間、カッと顔中に熱が広がる。

「ソースがついてる」

 唇の端を彼にそっと拭われて、志桜は羞恥にうつむいた。

 店を出ると、サァと吹く冷たい夜風がふたりの肌を撫でた。

「すっかり冷え込むようになったな」
「はい」
(……綺麗)

 キリリとした冬の夜は、楓によく似合う。冴え冴えとした白銀の月を背負った彼の立ち姿に思わず目を奪われた。

「ん? どうかしたか?」
「い、いえ」

 照れ隠しに視線をそらし、それからハッと思い出して、志桜はバッグからあるものを取り出した。

「これ、サンノゼでお世話になったお礼です。甘いもの、苦手ではなかったですよね?」