悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

「……店に入ってきたときは元気がないように見えた。気乗りしないところを無理させてしまったかなと思ったんだが」

 最近の楓は優しい。気持ちが緩んで甘えたくなってしまうのが困りものだ。

「楓さんに会うのが嫌だったわけじゃないですよ。むしろ……楽しみでした」

 かすかに頬を染め、言う。自分の感情を言葉にする。その過程のなかで、より強く自覚した気がする。

(そうなのよね。私、プライベートで楓さんに会えるこの時間を心待ちにしていた)

 誘われたときにはすごく胸がドキドキしたし、今朝はどんな服で彼と会うべきかなどと柄にもなく悩んでしまった。経験がないから間違っているかもしれないけれど、今の自分は〝彼に恋をしている〟状態なのではないだろうか。
 五年前、どうして彼ときちんと向き合って話をしなかったのか。とても後悔している。

(もう後悔はしたくない)

 だから今度は、彼に対しても、自分に対しても、素直になってみようと思っていた。

「それは社交辞令じゃなく、志桜の本心?」

 熱っぽい色を帯びた楓の瞳が志桜の背中をゾクリとさせる。

「――はい」

 彼の喉仏がゴクリと大きく上下に動く。それから、楓は少し弱ったように眉尻をさげた。