悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

「ありがとう、愛奈」

 志桜は小声で彼女にささやく。

(助かった。だけど……)

 かすかに感じた胸のモヤモヤを、楓が的確に言葉にしてくれた。

「ありがとうございます。……ずいぶんと手際のいい、完璧なフォローですね」

 彼の声はひやりと冷たいし、その瞳は笑っていない。しかし愛奈は彼のそんな様子には気づかず、嬉しそうそうにパッと顔を輝かせた。

「志桜はプレゼンとか目立つ仕事が好きなので、私は細々したサポートを。いつもそういう役割分担なんです」
(――え?)

 心臓がざらりとするような、嫌な心地がした。真綿に包まれた針を贈られたような。

(たしかに今回は愛奈に助けられた。……でも、細々した仕事も自分できちんとやっているつもりなのに)

 むしろ、調査や分析といった時間のかかる仕事を苦手としているのは愛奈のほうだ。
 反論したい気持ちが湧くけれど、取引先との打ち合わせの場で感情的になってはいけない。志桜は苦い思いをグッと喉の奥に流し込んだ。

「なるほど。では、この資料に数字についていくつか質問しても?」

 楓は愛奈に顔を向け、そう尋ねた。

「はい。なんでも聞いてください!」