悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

 店員と客の関係だから、もちろん気を使ってくれた部分もあるのだろう。けれど、前向きに輝く彼女の瞳を見られて楓はとても嬉しかった。

「ありがとうございました。よかったら、またいらっしゃってください」
「あぁ、また」

 店を出た楓は茜色に染まる西の空を見あげて、深呼吸をひとつした。サンノゼの夕空には感じない郷愁を覚えて、自分はやはり日本人なのだなと実感する。
 駅に向かって歩きながら、考えるのは志桜のことだ。

(やはり俺にはもったいない相手だ)

 初対面のときにも感じてはいたが、よりその思いを強くする。幸せになってほしい、なるべき女性だ。それなのにどうしてか……婚約破棄の連絡を入れる決意は鈍ってしまった。
 今の楓の生活で日本に立ち寄る機会はさほど多くない。あと半年で猶予期間の五年が終わる。両家から正式な結婚をという話が出る前に、先手を打っておくべきだ。論理的に考えれば、今このタイミングで志桜に話を通すのがベストはなず。
 しかし結局、楓はこの日本滞在の間に彼女に連絡をしなかった。いや、できなかったというほうが正しい。どうしても手が動かなかったのだ。