悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

 父とは初対面ではなかったらしい。楓のほうはさっぱり記憶にないのだが、彼は『何度か顔を見に行ったよ』と言っていた。産みの母は別に楓に暴言を吐いたり暴力を振るったりはしていなかったので、父は母子関係はうまくいっているものと思っていたようだ。
 楓が何週間も放置されていたと知り、手元に引き取ると決めたらしい。

 父は豪放磊落な男で、悪い人間ではなかった。おそらく仕事もできるのだろう。ただ、鷹井の母にとって〝よい夫〟でないのは、疑いようのない事実だった。彼女はとても強いので、それを恨みも嘆きもしていなかったが。
 もともと資質はあったのか、鷹井家の教育の賜物か、楓の成績はメキメキと伸び、上流階級の子息としてのマナーもなんなく身についた。

 中学にあがる頃には、誰が見ても文句のつけようのない御曹司に成長していた。
 だが、学力や教養といった表層的な部分はどうにかなっても、人間性はそう簡単には変えられない。鷹井の母や兄たちのように〝他者を思いやり慈しむ心〟を理解するのは自分には難しかった。人格形成に重要な幼少期のコミュニケーション不足が影響したのだろうか。
 いくつになっても人付き合いは苦手なまま。数式を解いたり、プログラミングのソースコードを書いたりする時間のほうがずっと楽しかった。