悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

 こちらの理解力のせいだとでも言いたいのだろうか。さすがにムッとなり、志桜はテーブルに両手をついてズイと身を乗り出した。

「全然わからないですよ。意地悪のつもりですか、それともあなたにとって神室の名はまだ利用価値がある?」
「違う」
「では、なにが目的で?」
「わかった。はっきり言おう」

 恐ろしいほど美しいその瞳の真ん中に、彼は志桜を閉じ込めた。身じろぎもできずに、ただただ彼を見つめ返す。

「ビジネスも家も関係ない。俺の感情だけの問題だ。つまり……」

 楓は覚悟を決めたようにひと息に告げた。

「俺は終わりにしたくない。もっと君と話をしてみたい、志桜を知りたいと思ったんだ」

 彼に『志桜』と呼び捨てされたのは、おそらく初めてだ。ゾクリとする艶のある声で名前を呼ばれ、悔しいけれど胸が小さく跳ねた。

(――本気なの?)

 彼の瞳のなかにひそむ冗談や嘘の可能性を探したけれど、見当たらない。
 そもそも今の志桜は以前より彼を知っている。パーティーでもこの街でも、彼は想像していたよりずっと誠実な人間だった。

(でも、本気だとしたらなおさら……)

「あなたが、今さら、それを言うんですか?」