悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

「いいえ。これから、朝はコーヒーにしてみます」
「今度、ロンドンに行ったときは土産に紅茶を買ってくるよ」

 氷の瞳がその面影がなくなるほどに優しく溶けた。つい「楽しみです」と返事をしそうになって、志桜はあっと我に返る。現実を思い出したから。

(私たちに〝今度〟の約束は必要ない……)

 志桜がわざわざここまで来たのは、AI導入の事例を見るためだけじゃなくて、もうひとつ。〝婚約破棄してくれない理由〟を楓から聞き出すためでもあった。
 硬くこわばった志桜の表情から察したのだろう。

「夜はまだ長い。そろそろ、君の話を聞こう」

 楓は細く息を吐いて、そう言った。
 志桜の喉がゴクリと鳴る。妙な渇きを感じて、志桜はグラスに残っていたシャンパンをグッと飲み干した。帰国したばかりの彼に婚約破棄を求めたあの日より、今この瞬間のほうが確実に緊張していた。

「先日のパーティーで、楓さんは〝婚約破棄に応じる気はない〟とおっしゃいましたよね」
「あぁ、言った」

 キッと彼を見据えて志桜は言う。

「その理由を聞かせてください」

 志桜の眼差しを正面から受け止めた彼は、弱ったように眉尻をさげた。

「……言葉にしないとわからないか?」