悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない

「カレーがお好きな理由、聞いてもいいですか? ちょっと意外だったので」
「あぁ」

 楓は遠くを見つめる目で答えた。

「……母が作ってくれたことがあるから」
「あの優しそうなお母さまが?」

 言ってしまってから志桜はハッと口を閉ざす。鷹井の奥さまには、五年前に婚約の顔合わせをしたときに一度会っている。京友禅の着物が似合う、品のいい優しい女性だった。

(でも、たしか楓さんの産みのお母さんは……)

 彼は父親が外の女性に産ませた子だと聞いていたのに、うっかり失念して無神経な発言をしてしまった。しかし楓はとくに気を悪くしたふうでもなく、さらりと答える。

「いや。鷹井の母ではなく産みの母親のほう」

 寂しげに目を伏せ、クッと苦笑を漏らす。

「ほとんど家に寄りつかず、家事も育児もしない人だったが、一度だけ作ってくれたカレーがやたらとうまくて……妙に記憶に残っていてね」
 
 彼が語る母の思い出に、まるで共鳴するみたいに志桜の胸までギュッと締めつけられた。

「すみません、デリケートなところに触れてしまって」
「君がそんな顔をする必要はない」

 彼は柔らかにほほ笑んで、唇の前に人さし指を立てた。