ベルナール王国歴746年6月1日。
今日は夫カルティス・ベルナールが王位を継承する戴冠式だ。
先王エイブラハム・ベルナールが彼に王冠を被せ、続いて私に王冠を被せようとした瞬間。
燃え盛る矢にカルティスが貫かれた。
金髪に太陽のような黄金の瞳を持つ夫は、胸から血を流し見るも無惨な姿になっていた。
私の夫、カルティス・ベルナール。
私が、この「生」において生きる指針にして来た男。
私の前では無邪気さを覗かせ、自分にどこまでも甘い彼。
カルティス・ベルナールは王位を継ぐ者として正しく育てられた。
⋯⋯ただし、育てたように人は育たない。
シリル・アントワーヌ皇帝自ら率いる帝国軍が、平和条約を破りベルナール王国を襲撃。
魔法使いの支配するアントワーヌ帝国は神獣をも操る。
ドラゴンに乗った10数人程度の帝国軍にベルナール王宮は火の海と化した。
ほど走る熱を皮膚に感じながら、私は周囲を見渡す
私のすぐ横に控えていた5人の側室は、真っ赤な血を流し業火に焼かれていた。
その中には私を苦しめ続けた双子の妹セリアもいる。
私は目の前で私を睨みつけるルビー色の瞳を持った男を見据えた。
大魔法使いシリル・アントワーヌ。
アントワーヌ帝国の皇帝。
彼の真っ赤な瞳を見ていると、魂を吸い取られそうな感覚に陥る。
「た、助けて」
死など数え切れない程経験した。
突然現れた艶めく肩までの黒髪に、ルビー色の瞳を持つ男の威圧感。
らしくもなく耐えられなくなり、命乞いをした。
「何を恐れている。リオノーラ、これがお前が望んだことだ。俺のものになれ」
3年程前、「永遠の愛」を誓った夫が私のすぐ側で血だらけで転がっている。
真っ赤に燃え上がる炎がベルナール王宮の大聖堂を覆う。
黒煙が立ち上ぼる炎が消える様子もなく暴れているのは、目の前の美しい男の魔法によるものだという証拠。
魔法による炎は、対象を燃やし尽くすまで消して消えない。
(こんな事を望んだんじゃない!)
「私は聖女リオノーラ! 貴方のものにはなりませんわ」
私の言い放った言葉を、シリルは呆れたように笑って受け流す。
私の名はリオノーラ。
レシャール侯爵家の長女として生まれ、ベルナール王家に嫁ぎ王妃になる為に育てられてきた。
ただし、私はカルティスの為に生きて死んで行くだけの存在ではない。
私は聖女として人々より崇められているが、私はただの聖女ではなく転生を繰り返す聖女。時を司り操る事ができる。
この世界を正しく導く天命を持つ、「ハジマリの大聖女」の生まれ変わり。
世界で伝説としか語られない転生を繰り返す大聖女は存在する。
幾重もの「生」の記憶を持ち、世界を正しい方向に導引き続けて来た私だ。
「美しい銀髪だな。まるで闇夜に光る月のようだ。心を奪われる者が後を絶たないのも頷ける。その空のように澄んだ瞳も⋯⋯」
シリルが私の銀髪を纏めて束にしたものに口付ける。
「心を⋯⋯奪われたから、このように乱暴な方法で押し入って来たのですか? 私が欲しいならさっさと⋯⋯」
甘い言葉とは相反する男の冷たい視線に身震いした。
人が焼け焦げた匂いを感じ、もう一度周りを見渡す。
苦しめられ憎んだ事もあったが、私が守るべき命たちが息絶えてるのが見える。
私はこの「生」で2度目となる「時戻しの術」を使った。
あたり一面が真っ白になる。
今度は失敗しない。
カルティスと結婚する前に戻ってみせる。
仕事を私に押し付け、女遊びに耽るクズ夫は捨てる!
♢♢♢
「リオノーラ。どうしたの? ボーッとして、リオノーラったら!」
頬を突いてくる柔らかい感触。
金木犀のような上品な香り。
大好きだった柔らかい指の感触は、彼が剣の稽古をサボっている証拠。
好きだった香りは、お取り寄せの高価な香水。
精悍な顔立ちをしているのが、せめてもの救い。
周囲を見渡すと、ベルナール王宮のガーデンテラスである事がわかった。
鼻をくすぐる甘い花々の香りと、目の前にいる愛すべき存在だったはずのカルティス。
私は柔らかくもない彼の太ももに膝枕をされていた。
「カルティス?」
私は眩しい光を手で遮ぎながら目を開けた。
私を見下ろすのは、陽の光を閉じ込めたような美しい金髪に黄金の瞳をした私の夫。
「そうだよ。どうしたの? ボーッとして君らしくもない。もしかして、側室の話を気にしている?」
「全く気にしてないわ。最も大切なのはベルナール王家の未来を繋ぐこと! 私は貴方が側室を持つことには賛成してるわ」
彼と結婚する前まで「時を戻す」予定だった。
結婚して直ぐから、側室の話が臣下から出てきた。
ベルナール王国は一夫多妻制。
ただ一人の妻として大切にされる「生」を繰り返してきた私に降りかかった蝸牛角上の争い。
私たちは仲睦まじい夫婦と思われていて、初夜から毎晩のように寝室を共にした。
蜜月関係の王子夫妻がベルナール王国を沸き立たせたのは束の間。
3ヶ月経つと私が懐妊しないことに対して貴族たちが議論が過熱。
自分たちの娘を未来の国王であるカルティスの側室にしたいと言い出したのだ。
「カルティス。今日はベルナール王国歴の何月何日?」
「急に何言ってるの? 今日は僕たちが夫婦になって半年の記念日だね。ベルナール王国歴743年9月25日」
(また、失敗した⋯⋯この男は見納めにしたかったのに)
優しく穏やかな包み込むようなカーティスの声に、彼の死に際の悲鳴のような声を思い出す。
「カルティス。私、実は時を戻したの。今は聖女の力も尽きてるわ」
カルティスは目を丸くした。
「聖女の力って尽きることなんてあるの? 時を戻したって一体何が⋯⋯」
彼が私の体を起こし、柔らかく抱きしめた。
聖女の力がなくなるのは、力を使いすぎた時ではない。
清らかな心が澱み聖女が闇堕ちした時。
私が小刻みに震えて首を振ると、彼は背中を撫でてきた。
彼に触れられるだけで、悪寒が走る。
「ベルナール王国は約3年後、アントワーヌ帝国に滅ぼされるわ」
「アントワーヌ帝国がベルナールを? それは平和条約があるから大丈夫」
ベルナール王国は聖女の私が誕生した事で、他国は決してベルナールを攻めてはならないという平和条約を世界各国と締結。
聖女は世界を導く貴重な存在であり、その心を清く保つ為に争いに巻き込んではいけない。
世界はいつだって聖女が闇堕ちし、力を喪失しないよう守ってきた。
「リオノーラ、疲れていて怖い夢でも見たんじゃないのか?」
「聖女の力がない私なんて、何の価値もないよね。セリアが貴方と結ばれればよかった」
「らしくもなく弱気な発言だね。リオノーラ、君の価値がその程度の訳ないじゃないか。聖女の力なんて君の魅力のほんの一部でしかない。」
カルティスは私の額に軽くキスを落としてくる。
私は頭が急速に冷えていくのを感じた。
私は集中して耳を澄ました。
甘い花の匂いが鼻口を擽り、耳を澄ませて聞こえてくる虫の羽音が私の天命を伝えてくる。
(もう、疲れた⋯⋯この役は降りたい⋯⋯守り切れない)
「私、今日は一人で考えたいの。少し疲れているし、ゆっくりと休みたい。今晩は部屋には来ないでね」
私の言葉にカルティスが真っ青になって固まる。
次期国王として表情管理が身についている彼も感情を隠せない。
性獣カルティスは、今晩失態を晒すだろう。
「カルティス、またね。私は忠告したわよ。近い未来にベルナール王国がアントワーヌ帝国に攻められる事!」
私が立ち上がり手を振って去ろうとすると、不意にカルティスが手首を握って引き止めてくる。
彼が顔を近づけくてくるのを、そっと避けた。
彼は表情を変えないが目が泳いでいる。
私からの拒絶に驚きを隠せない。
(どう動くのカルティス⋯⋯)
部屋に戻り、これからのカルティスの行動を予想する。
アントワーヌ帝国が平和条約を無視して、ベルナール王国を攻めてきたのは想定外。
(目的は何?)
シリル・アントワーヌの射抜くような赤い瞳を想起する。
(まさか、私が目的?)
一瞬浮かんだ考えに、私は首を振った。
千年以上もの間、私は大聖女としての役割を果たしてきた。
生まれた場所で、その国の指導者と結婚し王妃として国をより良くする改革をした。
何の疑問も感じなかった繰り返される私の生命。
聖女として尊重されている内は気がつけなかった人の悪意。
心に闇が掛かっていくのが分かる。
「このままでは聖女の力が完全消滅する」
聖女の力を喪失した私は、次は転生できないのかもしれない。
身体中に鉛をつけられたような疲労を感じる。
最悪なリオノーラの人生が、自分が世界に尽くしてきた長い時間の結果であると認めたくない。
心が闇で満ちる前に眠りについて、カルティスの次の一手に賭ける。
♢♢♢
目を開けると、窓の外の月の位置が真夜中だと告げていた。
私は徐に立ち上がり、カルティスの寝室へと向かう。
もう何度も辿った王宮の廊下を小走りする。
夜勤の護衛騎士たちが私を止めようとするが、彼らは私には自分からは話しかけられない。
私は国のトップである国王と同等と言える立場を持つ聖女だからだ。
カルティスの寝室。
深緑色の大きな扉の前に着くと、2人の護衛騎士が慌てたように道を塞いだ。
「退きなさい! 何の権利があって私の道を塞ぐの」
2人の騎士の慌てようをみて、私は自分の予想通りの事が中で起こっているのだとため息をついた。
護衛騎士の1人が蚊の鳴くような声で私に呟く。
「カルティス王子殿下は、もう、お休みでして⋯⋯」
頑なに道を塞ぐ2人の護衛騎士を聖女の力で動けなくする。
時を操れる私は人の時間を止めることが可能。
「うっ」
軽く2人の護衛騎士の肩を叩くと、硬直した二人はその場に倒れ込んだ。
重い深緑の扉を開ける。
夫に跨る腰までの銀髪の女の裸体を見て、私は目を見開いた。
カルティスが女を呼ぶことを予想はしていたが、彼女だとは想定外。
(どうして、貴方はそんなに残酷なの?)
私の気配に気がついたのか、ゆっくりと振り向く女。
私の双子の妹、セリア・レシャール。
彼女は驚愕する私を嘲笑うかのように、口の端を上げてニヤリと笑った。
今日は夫カルティス・ベルナールが王位を継承する戴冠式だ。
先王エイブラハム・ベルナールが彼に王冠を被せ、続いて私に王冠を被せようとした瞬間。
燃え盛る矢にカルティスが貫かれた。
金髪に太陽のような黄金の瞳を持つ夫は、胸から血を流し見るも無惨な姿になっていた。
私の夫、カルティス・ベルナール。
私が、この「生」において生きる指針にして来た男。
私の前では無邪気さを覗かせ、自分にどこまでも甘い彼。
カルティス・ベルナールは王位を継ぐ者として正しく育てられた。
⋯⋯ただし、育てたように人は育たない。
シリル・アントワーヌ皇帝自ら率いる帝国軍が、平和条約を破りベルナール王国を襲撃。
魔法使いの支配するアントワーヌ帝国は神獣をも操る。
ドラゴンに乗った10数人程度の帝国軍にベルナール王宮は火の海と化した。
ほど走る熱を皮膚に感じながら、私は周囲を見渡す
私のすぐ横に控えていた5人の側室は、真っ赤な血を流し業火に焼かれていた。
その中には私を苦しめ続けた双子の妹セリアもいる。
私は目の前で私を睨みつけるルビー色の瞳を持った男を見据えた。
大魔法使いシリル・アントワーヌ。
アントワーヌ帝国の皇帝。
彼の真っ赤な瞳を見ていると、魂を吸い取られそうな感覚に陥る。
「た、助けて」
死など数え切れない程経験した。
突然現れた艶めく肩までの黒髪に、ルビー色の瞳を持つ男の威圧感。
らしくもなく耐えられなくなり、命乞いをした。
「何を恐れている。リオノーラ、これがお前が望んだことだ。俺のものになれ」
3年程前、「永遠の愛」を誓った夫が私のすぐ側で血だらけで転がっている。
真っ赤に燃え上がる炎がベルナール王宮の大聖堂を覆う。
黒煙が立ち上ぼる炎が消える様子もなく暴れているのは、目の前の美しい男の魔法によるものだという証拠。
魔法による炎は、対象を燃やし尽くすまで消して消えない。
(こんな事を望んだんじゃない!)
「私は聖女リオノーラ! 貴方のものにはなりませんわ」
私の言い放った言葉を、シリルは呆れたように笑って受け流す。
私の名はリオノーラ。
レシャール侯爵家の長女として生まれ、ベルナール王家に嫁ぎ王妃になる為に育てられてきた。
ただし、私はカルティスの為に生きて死んで行くだけの存在ではない。
私は聖女として人々より崇められているが、私はただの聖女ではなく転生を繰り返す聖女。時を司り操る事ができる。
この世界を正しく導く天命を持つ、「ハジマリの大聖女」の生まれ変わり。
世界で伝説としか語られない転生を繰り返す大聖女は存在する。
幾重もの「生」の記憶を持ち、世界を正しい方向に導引き続けて来た私だ。
「美しい銀髪だな。まるで闇夜に光る月のようだ。心を奪われる者が後を絶たないのも頷ける。その空のように澄んだ瞳も⋯⋯」
シリルが私の銀髪を纏めて束にしたものに口付ける。
「心を⋯⋯奪われたから、このように乱暴な方法で押し入って来たのですか? 私が欲しいならさっさと⋯⋯」
甘い言葉とは相反する男の冷たい視線に身震いした。
人が焼け焦げた匂いを感じ、もう一度周りを見渡す。
苦しめられ憎んだ事もあったが、私が守るべき命たちが息絶えてるのが見える。
私はこの「生」で2度目となる「時戻しの術」を使った。
あたり一面が真っ白になる。
今度は失敗しない。
カルティスと結婚する前に戻ってみせる。
仕事を私に押し付け、女遊びに耽るクズ夫は捨てる!
♢♢♢
「リオノーラ。どうしたの? ボーッとして、リオノーラったら!」
頬を突いてくる柔らかい感触。
金木犀のような上品な香り。
大好きだった柔らかい指の感触は、彼が剣の稽古をサボっている証拠。
好きだった香りは、お取り寄せの高価な香水。
精悍な顔立ちをしているのが、せめてもの救い。
周囲を見渡すと、ベルナール王宮のガーデンテラスである事がわかった。
鼻をくすぐる甘い花々の香りと、目の前にいる愛すべき存在だったはずのカルティス。
私は柔らかくもない彼の太ももに膝枕をされていた。
「カルティス?」
私は眩しい光を手で遮ぎながら目を開けた。
私を見下ろすのは、陽の光を閉じ込めたような美しい金髪に黄金の瞳をした私の夫。
「そうだよ。どうしたの? ボーッとして君らしくもない。もしかして、側室の話を気にしている?」
「全く気にしてないわ。最も大切なのはベルナール王家の未来を繋ぐこと! 私は貴方が側室を持つことには賛成してるわ」
彼と結婚する前まで「時を戻す」予定だった。
結婚して直ぐから、側室の話が臣下から出てきた。
ベルナール王国は一夫多妻制。
ただ一人の妻として大切にされる「生」を繰り返してきた私に降りかかった蝸牛角上の争い。
私たちは仲睦まじい夫婦と思われていて、初夜から毎晩のように寝室を共にした。
蜜月関係の王子夫妻がベルナール王国を沸き立たせたのは束の間。
3ヶ月経つと私が懐妊しないことに対して貴族たちが議論が過熱。
自分たちの娘を未来の国王であるカルティスの側室にしたいと言い出したのだ。
「カルティス。今日はベルナール王国歴の何月何日?」
「急に何言ってるの? 今日は僕たちが夫婦になって半年の記念日だね。ベルナール王国歴743年9月25日」
(また、失敗した⋯⋯この男は見納めにしたかったのに)
優しく穏やかな包み込むようなカーティスの声に、彼の死に際の悲鳴のような声を思い出す。
「カルティス。私、実は時を戻したの。今は聖女の力も尽きてるわ」
カルティスは目を丸くした。
「聖女の力って尽きることなんてあるの? 時を戻したって一体何が⋯⋯」
彼が私の体を起こし、柔らかく抱きしめた。
聖女の力がなくなるのは、力を使いすぎた時ではない。
清らかな心が澱み聖女が闇堕ちした時。
私が小刻みに震えて首を振ると、彼は背中を撫でてきた。
彼に触れられるだけで、悪寒が走る。
「ベルナール王国は約3年後、アントワーヌ帝国に滅ぼされるわ」
「アントワーヌ帝国がベルナールを? それは平和条約があるから大丈夫」
ベルナール王国は聖女の私が誕生した事で、他国は決してベルナールを攻めてはならないという平和条約を世界各国と締結。
聖女は世界を導く貴重な存在であり、その心を清く保つ為に争いに巻き込んではいけない。
世界はいつだって聖女が闇堕ちし、力を喪失しないよう守ってきた。
「リオノーラ、疲れていて怖い夢でも見たんじゃないのか?」
「聖女の力がない私なんて、何の価値もないよね。セリアが貴方と結ばれればよかった」
「らしくもなく弱気な発言だね。リオノーラ、君の価値がその程度の訳ないじゃないか。聖女の力なんて君の魅力のほんの一部でしかない。」
カルティスは私の額に軽くキスを落としてくる。
私は頭が急速に冷えていくのを感じた。
私は集中して耳を澄ました。
甘い花の匂いが鼻口を擽り、耳を澄ませて聞こえてくる虫の羽音が私の天命を伝えてくる。
(もう、疲れた⋯⋯この役は降りたい⋯⋯守り切れない)
「私、今日は一人で考えたいの。少し疲れているし、ゆっくりと休みたい。今晩は部屋には来ないでね」
私の言葉にカルティスが真っ青になって固まる。
次期国王として表情管理が身についている彼も感情を隠せない。
性獣カルティスは、今晩失態を晒すだろう。
「カルティス、またね。私は忠告したわよ。近い未来にベルナール王国がアントワーヌ帝国に攻められる事!」
私が立ち上がり手を振って去ろうとすると、不意にカルティスが手首を握って引き止めてくる。
彼が顔を近づけくてくるのを、そっと避けた。
彼は表情を変えないが目が泳いでいる。
私からの拒絶に驚きを隠せない。
(どう動くのカルティス⋯⋯)
部屋に戻り、これからのカルティスの行動を予想する。
アントワーヌ帝国が平和条約を無視して、ベルナール王国を攻めてきたのは想定外。
(目的は何?)
シリル・アントワーヌの射抜くような赤い瞳を想起する。
(まさか、私が目的?)
一瞬浮かんだ考えに、私は首を振った。
千年以上もの間、私は大聖女としての役割を果たしてきた。
生まれた場所で、その国の指導者と結婚し王妃として国をより良くする改革をした。
何の疑問も感じなかった繰り返される私の生命。
聖女として尊重されている内は気がつけなかった人の悪意。
心に闇が掛かっていくのが分かる。
「このままでは聖女の力が完全消滅する」
聖女の力を喪失した私は、次は転生できないのかもしれない。
身体中に鉛をつけられたような疲労を感じる。
最悪なリオノーラの人生が、自分が世界に尽くしてきた長い時間の結果であると認めたくない。
心が闇で満ちる前に眠りについて、カルティスの次の一手に賭ける。
♢♢♢
目を開けると、窓の外の月の位置が真夜中だと告げていた。
私は徐に立ち上がり、カルティスの寝室へと向かう。
もう何度も辿った王宮の廊下を小走りする。
夜勤の護衛騎士たちが私を止めようとするが、彼らは私には自分からは話しかけられない。
私は国のトップである国王と同等と言える立場を持つ聖女だからだ。
カルティスの寝室。
深緑色の大きな扉の前に着くと、2人の護衛騎士が慌てたように道を塞いだ。
「退きなさい! 何の権利があって私の道を塞ぐの」
2人の騎士の慌てようをみて、私は自分の予想通りの事が中で起こっているのだとため息をついた。
護衛騎士の1人が蚊の鳴くような声で私に呟く。
「カルティス王子殿下は、もう、お休みでして⋯⋯」
頑なに道を塞ぐ2人の護衛騎士を聖女の力で動けなくする。
時を操れる私は人の時間を止めることが可能。
「うっ」
軽く2人の護衛騎士の肩を叩くと、硬直した二人はその場に倒れ込んだ。
重い深緑の扉を開ける。
夫に跨る腰までの銀髪の女の裸体を見て、私は目を見開いた。
カルティスが女を呼ぶことを予想はしていたが、彼女だとは想定外。
(どうして、貴方はそんなに残酷なの?)
私の気配に気がついたのか、ゆっくりと振り向く女。
私の双子の妹、セリア・レシャール。
彼女は驚愕する私を嘲笑うかのように、口の端を上げてニヤリと笑った。



