この恋、史上最凶につき。





 その日は、黒焔の基地を出たのが少し遅くなった。
 整備も会議も終わって、仲間たちは次々に帰っていく。

 時雨くんは総長としての仕事が残っていて、
 「終わったら送るから待ってろ」と言っていたけれど……
 家までは歩いて十五分。
 迷ったすえ、私は一人で帰ることにした。

 夜の空気は静かで、街灯がぽつぽつと道を照らす。
 だけど、胸の奥がざわざわして落ち着かない。

(……なんだろう、この感じ)

 振り返るたび、誰か隠れている気配がするのに、
 目に映るのは暗い道路だけ。

 歩幅を速めた、その時――

「伊達雪菜、だよな?」

 背後から、低い声。

「……っえ?」

 腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られた。
 もう片方の男が口を押さえ、
 冷たい金属の感触が首元に当てられる。

「声出すな。動くな」

 見知らぬ黒い服。
 覆面のようにフードを深く被った複数の男たち。

 息が止まりそうになる。

「黒焔の総長に守られてる姫様って噂、本当だったんだな」

「伊達家のお嬢だろ? 価値あるじゃん。
 “狼牙”にとっては、最高の餌だ」

(……狼牙……!
 黒焔と敵対してるチーム……!)

 心臓がぎゅっと掴まれたみたいに痛くなる。

「やめ……っ、離して……!」

「暴れんな。すぐ終わるからよ」

 腕をきつく縛られ、
 身体が持ち上がるようにして人気のない路地へ引き込まれる。

 喉が震える。
 足が地面に触れたままなのに、逃げられない。

(時雨くん……)

 胸の中で名前を呼んだ瞬間——

ぶぅん、と聞き慣れたエンジン音が街を裂いた。

 青いライトが走り抜ける。
 あの音を知らないはずがない。

(……時雨くんだ)

 光の軌跡が近づいてきたかと思うと――

「雪菜から手、離せ」

 怒りに焼けた声が、闇を貫いた。

 バイクが急停止し、時雨くんがヘルメットを外す。

 その目は、今まで見たどんな時雨くんより冷たかった。

「……黒焔の総長を敵に回す覚悟、できてんだろうな」

 狼牙の男たちがざわつく。

「チッ、マジで来やがった」

「時間、早すぎだろ……!」

 時雨くんが一歩、近づく。
 まるで夜そのものが押し寄せてくるみたいに空気が変わった。

「雪菜に触った“その手”――
 生きて使えると思うなよ」

 声は低く、静かで、残酷なほど本気だった。