手に水ぶくれができるくらいに、シャープペンを強く手に持ちながら、また何回かワークの問題を解き直す。
 ― 俺のことが好きなのか?一々しっつこいんだよ。アホ
 ところが、頭がアイツから離れない。あんな、馬鹿みたいな声をした馬鹿野郎から。このままだと、勉強に集中ができなくなる。いや、もうなっているかも。
 くそが、何でアイツのことを頭にしないと行けないのだ?学校で毎日毎日会うだけで十分ムカつくんだけど。何故アイツが目の前にいない時でも、いるように感じるんだ?仏様の仕業だったら、他のが良かった。あーあ、絶対良かった!
 それになんでアイツは僕のために言い訳を言ってくれたんだ?なんで俺を助けた?本当に理解不明。ありがたかったけど、遅刻したのは彼のせいだから、感謝なんてしない。そうだ、アイツがやったことは当たり前のことだ。って、数彦、アイツのことを考えるな!
 ―俺が気持ち悪くって、保健室に連れてもらってたんす
 あー!頭から離れない!まぁ、でもあの時の龍司は普段と違う雰囲気だった。なんというか、可愛かった。はぁ?俺は何を考えているんだ!
 いやいや、これはただ俺が寝不足かもしれないからこうなっているというだけで、ちょっとした昼寝をすれば直る。あくびまでしているんだし、絶対寝不足だ!
 眼鏡をベッドサイドに置いて、ベッドで横になる。その時、さっきよりもアイツの顔がすごくはっきりと見えた。実際いる時よりも。
 いつもは気づいていないのか、初めてコイツが右目の左下にホクロがあることに気づいた。って、何考えているんだ、僕!もう勉強するわ。
 あれ、目が覚めない。体も動かん。なんでだよ!こんな悪夢見たくねぇよ。コイツとできる限り、傍にいたくない。
 「アホが、本当にアホだ」
 えっ、な、何これ?なんでこのガキが僕を抱きしめようとしているのだ!?
 夢の中。いや、悪夢の中の龍司が、何故か知らんが、床に座っている俺の手に、自分の唇を近づいてキスをされる。
 はぁ!キモ!離れろ!寒気がするわー。あぁー、なんてキモいんだ!早くこの悪夢から起きてぇーよ!
 「好きだ、アホ」
 勝手に好きになれよ。片思いでいれよ。僕はそんな想いを絶対に換えさんから。
 なんでこんなことになっているんだ?こうなるくらいに寝不足だって知っていたら、前から昼寝してたわ。でもおかしいよ、なんで起きれないんだ。これが体の限界なのか?しょうがない、意識で違う夢に移そう。

 うっ、なんで・・・・・

 桃と同じ色をした唇を押し付けながら、龍司は僕にキスをする。
 悪夢ではあるが、それでも彼から離れたい。こんなもの見たくも、経験したくもないのに、離れられない。体が現実でも、悪夢でも効かない。これは寝不足王子の呪だ。もう、意味不明!何考えているんだ、僕は。
 「俺のこと好き?」
 何時間も、主人の帰りをドアの前で待っていた犬のような顔に見えた龍司が、また意味のわかんないことを口にした。
 好きなわけねぇーだろうが!お前を殴りたいくらいに大嫌いだ。というか、時々殴っているけど。
 「好きだよ、愛してる」
 えっ、は、はい?
 これ明らかに僕の声だったよな?何この悪夢、人生で一番意味不明で、キモくて、怖い悪夢だ。
 ったく、なんでアイツを好きになんないといけないんだよ。アイツが大嫌いというのに。
 「な、何この最悪な悪夢は!」
 やっと、体が動いてくれた。
 「はー、死ぬかと思ったわ」
 もう、死んでるけど。
 ベッドから立ち上がる。何であんな奴とキスをしなきゃいけないんだ?なんでアイツなんだ?
 「あっつ」
 気温の温度ではないと思える変化。室温が急に暑くなった。靴下を履いていないと足の指先が固まるくらいに寒いはずなのに、なんで暑いんだ?
 もう、全てアイツのせいだ。なんて嫌なやつだ。アイツの嫌らしい顔に、体に、声に呪われてしまっている。
 は?何考えているんだよ数彦。ちゃんとしろ!あれは現実でも何でもないんだから忘れろ!気にすんな。そうだ、そうだ、何もなかった。ことにすればいい。誰にも知られないし、別に気にすることはない。
 とりあえず、頭を冷やそうか。
 キッチンの冷蔵庫まで向かい、麦茶の入ったペットボトルと、台所にあるコップを一つずつ手に取る。
 「兄さん、大丈夫?顔色悪いよ」
 後ろから、暖かな声で心配してくれている妹の姫乃が現れた。
 「な、なんでもないよ。兄さんは大丈夫だよ」
 「嘘ついてるね。兄さん、嘘付くの下手くそだわ。っで、何があったの?」
 情けない、嘘を付いているのがまたばれてしまった。
 「いやー、嘘なんか付いていないわよ。ほら、気にすることはないって」
 バレないように、バレないように!
 「苦笑いまでしてるやん!そんなにひどい事なの?兄さん、遠慮しないで今すぐ話して!」
 ヤバ、やってしまった。
 「あーあ、バレたか。紅茶がなかったから、悲しいんだ。兄さんとして恥ずかしいなー。アハハ」
 「あー、兄さんまた嘘付いてる。貴方の妹である、私に隠しものでもしているのか?」
 「ち、違うよ、姫。ただその、」
 「学校でイジメられてるの!?誰がそんなことを?」
 「いや、そんなのじゃないから、ただ、」
 「親父にまた怒られたの?」
 「違う、僕は、その」
 「受験のこと?だよね。何があったの?」
 「まぁ、そのあたりだよ。でも、姫に話しても、なんというか、」
 「手伝えないとでも言わないよね?いつも言っているでしょ、誰かに悩み事を話すだけでスッキリするって、だから話してみん」
 姫乃に腕から引っ張られて、彼女の自室まで連れられる。
 「ここに座って」
 姫乃は彼女の隣に座ってと、そこに手を叩いて尋ねる。
 「ほら、話してみて、ちゃんと最後まで聴いてあげるわよ」
 しまった、何で僕は嘘がつけないんだ。それに、流れに乗ってしまった。くそが!彼女はあっている、誰かに悩み事を話せばスッキリする。一応、僕はな。
 姫乃はいつも僕の悩み事を聴いてくれる、だから僕より、彼女の方が年上に見えるのが情けない。
 いいや、話す。スッキリすれば勉強できると思うし、あの悪夢のせいで、龍司のせいで、集中できないということだし、ここで終わらせよう。

 数十分で、全て姫乃に話せた。そんなに時間かかるとは思わなかったが、久々に話す時かんでいた僕のせいだ。姫はいつものように、真剣に聴いてくれた。そんなに大したことではないのに、むしろ、他人からすれば面白い話。かな?話せば、姫は笑ったりすると思ったけど、彼女はちゃんと最後まで真剣に聴いてくれた。

 「それって、もしかして・・・・・」
 姫は、自分の呟きを途中で止めて、黙り込んだ。姫は何か手掛かりを見つけたのか?それとも、くだらなすぎて、何を言えばいいか困っているのか。兄として今回だけは、こんな情けない悩みを言わない方が良かったかもしれない。
 「姫どうした?」
 黙り込んでいた姫に問いかける。すると彼女は、真剣だった顔に笑みを浮かばせ、視線を僕と合わせた。
 「多分、兄さんは疲れすぎてるんじゃない?今日は休んだ方がいいと思うわ。他にやることなければ、何か貸してやるわ」
 そう言って、姫乃は立ち上がって、ベッドの下から何かを取り出した。
 箱だ!
 なんで箱がベッドの下にあったんだ? 
 もしかして、隠しものか!?
 姫が隠しものをするなんて!反抗期の時期だってわかってはいたが、ベッドの下に隠すくらいのものを中学生の女子が持っといて普通なのか!?いや、姫乃だ。多分、しまう所が無かったから、ベッドの下にしたとか。そうだ、とってもありえることだ!実際僕も、本棚がまだできていなかった頃。ベッドの下に入れたことがあることだし。
 「姫、それ何?」
 「漫画だよ。兄さんに貸してあげようかなって」
 そう言って、姫は微笑んだ。
 なんだ、漫画かよ。ごめんな、姫。僕、悪い兄になったかも。自分の妹のことが知らないなんて、俺はなんってひどいんだ。
 「姫、ありがとう。ちゃんと読んで・・・・・」
 言い終える前に、箱が横に倒れて、中身が出たのだった。他は普通の漫画だったのだが、一つだけ、明らかに怪しいものがある。
 一人の男性が裸になりそうな状態で、もう一人はその男性に嫌らしい顔をしながら、彼を抱きしめられていた。
 ― 好きだ、アホ。
 今そんな場合ではない。思い出すな!妹がエロいものを読んでいるんだぞ!兄として、何をすればいいんだ!エロいものを見る時期はいつかくるとは知っていたが、こんなに速いとは。(僕のがまだきていなというのに)
 「はぁ!何この表紙!?なんでこんなものを読んでいるんだ!」
 妹に向かって、思わず怒鳴ってしまう。
 「そ、その、友達に勧められて・・・・・」
 主人が戻ってこないことに悲しむ犬のような顔をして、姫乃は立ちすくんでいた。
 「友達が勧めたのだと!誰だ、その友は!?」
 姫乃は僕に近づいて、横に座った。そして他の漫画を箱に入れて、エロい表紙の漫画を僕の手から取り出そうとしたが、僕は強く握って、彼女が取れないようにする。
 ごめん姫。でもこれは貴方のためだ。いつか許してくれ!
 「これ、エロじゃないよ。それはちょっとエロって言えば、エロいけど、その意味のエロじゃないよ」
 姫乃だと思えない、普段よりも低く暗い声をして、姫は僕が手に持っている漫画を指した。
 「これは明らかにエロじゃないか。何が「その意味のエロじゃない」だよ!もう、姫乃ってば」
 妹を甘えすぎたのか。それなら、これは自分のせいで、責任を取らないと。
 「読んでみたらわかるよ」
 姫は、僕と目線すら合わせようとしない。こんなの起こるの初めてだ。
 「姫、なんでこんなの読んでいたの?」
 普段よりも軽い声のトーンにして、姫にそう説いてから、彼女に近づいて下に向いている顔をのぞいた。彼女は瞳から水を流して泣いている。
 エロはこんなにも姫乃に重要なものなのか。意外だ。でも、彼女の年齢では、禁止にしないといけない。
 左腕を姫の肩まで伸ばして、僕の胸元に彼女の頭を寄せる。
 「十八歳になったらこんなの、何冊でも読んでいいからね。それまで我慢して」
 姫の頭を撫でながら言うと、彼女は僕の胸を押して、無理やり遠ざかった。
 「漫画を捨てないで!」
 こんなに大事なものを捨てるわけないでしょうが。僕は誰だって、思っているの?
 「捨てないよ。もちろん親にも話さない。でも漫画はそのかわり、僕が預けといてあげる。十八になったら返すから」
 これ以外の手が思いつかなかった。でも兄としては、後悔のない選択だと思う。
 「兄さん、それ読んで!絶対面白いって思うから!絶対、私が読んでもいいと思うから!」
 姫はさっきよりも多く水を流して泣き始めた。
 僕が読めだと!?まぁ、僕は兄だ。十八にはなっていないが、親に渡す手は僕達には存在しない。だから、兄として読む。それしかないかも。
 「わかった。大したものだったら返すから。かわりに、その中のものも全部確認する」
 「わかった。でも順番に読んで」
 「わかった」
 数十分後、姫を泣き止めることができた。
 「おやすみ、兄さん」
 「おやすみ」
 いつものように、姫のデコにキスをし、自室まで向かう。

 姫と約束をしたんだし、読むか。
 箱に入っている漫画を全て取り出し、何冊か数える。一、二・・・十一、十二・・・二十一、二十二・・・三十五話!?すごいなこれ。全部を今夜だけで読み終えれるのか?
 結構時間がたったが、結局、僕は最後まで何とか読めれた。
 「読み終わった!」
 本当に長い話だった。
 姫が言っていたように、面白い漫画だ。(すごく枚数が多かったけど・・・・・)主人公と気が合ったところがたくさんあったし。でもこういう系の漫画の主人公と気が合うのは、結構変かもしれない。これは、最近よくインターネット上で見る、同性恋愛漫画のBLだっていうものだ。僕は男子のくせに、何この漫画の主人公の気持ちが理解できるのだ?
 まぁ、自分で言ったように、僕は男子だから理解できただけ。そうだよな。まぁ、どうでもいいや。僕、ゲイじゃないのだし。
 この漫画は結構面白い。推せれるわ。
 別に、姫に同性恋愛漫画を読んでもいいのだが、最後の三つの話はいけないかな。なんと言っても、これは明らかにエロい。まぁ、他の話を明日返してあげるか。
 「姫、おはよう。はいこれ、昨日はごめん」
 「返してくれるの?」
 「おう、でも最後の三話だけは返さない」
 「わかった。兄さん、ありがと!」
 「それに、話は面白かった。主人公が一番気に入ったよ」
 「えっ!兄さん、腐男子だったの!?」
 「腐男子って何?」
 「BLが好きな男子のことよ」
  BLが好きな人か。あの漫画はいつも読ませる恋愛漫画とあんま、変わらないし、むしろ、今まで読んだ中で、一番面白かったと思う。ふぅーん、僕は腐男子なのか。
 「あー、そうなんだ。それなら、多分腐男子かもしれないね」
 「ふへー、意外だわ」
 「何で意外なの?」
 「普通、こういうの兄さんに合わないというか、男子よりも女子が読んでいるんだよね。男子ならだいたいGLの方を読んでるイメージだからさ」
 「じゃなんで、腐男子っていう名称があるんだよ?」
 「いや、一応見る男子もいるわよ。それに腐男子は両方に使えれるの。兄さんみたいに。ま、まぁーね、気にしないで、兄さんが私と同じものが好きなのが嬉しいから!」
 あんまり意味がわからなかった話ではあったが、姫によると、BLを好む人のはほとんどは女性らしく、GLは男性が結構多いらしい。だから、GLを一つ読んでみようと思って、一つ借りてみたいところだが、僕が漫画を貸してもらえないかと頼む前に、姫は話の続きを始めた。
 「兄さん、アニメとBLを一緒にしよう!」
 姫は漫画の入った箱をベッドに置いて、僕の手を握って、瞳を輝かせながら説いた。
 姫がアニメや漫画にハマると、いつも僕にみてと勧められて、二人同士で感想をはしゃぎながら語り合うことを、今までずっとしてきた。だから、BLを一緒にすることは、それをさすんだって、すぐわかったのだ。
 「いいよ。構わない。でも、エロいのは禁止」
 姫は上下に頭を激しく振った。
 「姫、その、GLとか、持っていないのか?だん・・・・・」
 「キャ!このために、ちゃんと良いものを持っているんだ。ちょっと待ってね」
 僕が言い終わる前、姫に挟まれた。
 姫はベッド横にある本棚に手を触れながら、何かを探し始めたのが見えた。
 「これ読んでみて!GLが好きか、好きじゃないのかは、わかるためにいいものよ。その一話だけで、話が終わるから」
 「そうか、ありがとう」
 姫は明るく、可愛いらしい笑顔から、ニヤッとした笑顔になった。
 「兄さんが預かってていいよ。エロ入ってる」
 「もう、姫。今日、貴方の本棚のものを確認するからな」
 「はいはーい」
 シマウマと同じ、白黒の縞模様をしたパジャマを姫は着ている。今日は金曜日。休日でも、姫乃の姫の日でも、なんでもない普通の一日だと思うが、風邪とかなのか?いや、すごく元気そうだ。なら、なんだろう?
 「ありがとうな。でも、姫さ」
 「どうした?」
 「着替えていないけど、休むの?」
 「あ!ヤバ、着替えていなかった!」
 「気づいていなかったのかよ。まぁ、急げ、まだ間に合う」
 姫乃の部屋から出て、貰った漫画を勉強机に置いてから、カバンを背負って、家を出る。それから、いつものようにメモノートに目を通しながら、学校まで向かう。
 「数彦、はよ」
 僕の席に座りながら、ペン回しをしている翼が見えた。
 「おはよう、翼。勉強しなくて良いのか?もうすぐ受験だぞ。心配ではないのか?」
 「ちゃんと勉強してるす、でも時々楽になりたいやん。だから朝は勉強しないようにしとるだけ」
 安心感のない言い方に心配が頭を横切る。
 お前、嘘をついているだろ。勉強の天才め。
 「そうか、ならば昼には、さぼらずに勉強しろよ」
 「あー、ちゃんとするって」
 「相変わらず固いな、数彦」
 僕の肩を叩いて、宏樹は言った。
 「お前らが勉強しないからだろ」
 本当そう、僕だけ心配しているてかんじだ。
 「受験落ちたら知らんから」
 「ツンデレだね」
 「は?どこがだ」
 「冗談だよ。落ち着け」
 「そうか」
 そう言って、カバンのものを取り出し、机の上に置いてからカバンを棚にしまう。翼が立ちあがって、座ったところ何回もメモノートに目を通す。

 「起立、気をつけ、礼。お願いします」
 朝の会が終わって、1時間目が始まった。
 「龍司、席に座りなさい」
 「ちょい待って、教科書を取り忘れたす」
 授業中に平気で席から龍司が立ち上がった。注意をしたいが、同時にしたくない。いつもしているのに、何故今日はしたくないんだ?
 ―好きだ
 あっ、悪夢の影響か。てか、なんでまたそれを思い出すんだよ、掘っておきたいのに!今から忘れろ。あんなの、ただの悪夢やろ、実際に起こってないから、起こらないから、安心しろ数彦!
 机の中に入れてあるメモノートを取り出して、授業中ずっとそのノートから目を離さずに、受験勉強をした。昨日と違って、普通に集中ができた。多分、僕の頭はおかしくなくなったのかね。それはよかった。本当によかった。
 「くっ」
 廊下を歩いていたら、誰かと肩をぶつける。
 「すまん」
 メモに視線を向けてた頭を上げた瞬間、龍司だって気づいた。
 なんて、馬鹿な奴だ。まじ、ムカつく。でも、口を挟んだら喧嘩になるから、彼を横切って図書室まで向かった。
 ―好きだ。付き合おう
 「ひぃっ!」
 「数彦、どうした?」
 何枚かのプリントを手にしていた先生に、質問される。
 しまった。声を出してしまった。
 「体調悪いのか?」
 後ろに座っている宏樹から質問される。それとともに、いろんな視線を感じる。
 「大丈夫です。すいません、皆の気を引いてしまって。何でもありません」
 皆の目を引いていた僕から、ちょっとずつ目線らが消えていく。
 はー、何であの悪夢を思い出すんだ?別に実際に起こったことでもないのに。
 ―本当は、アイツのことが好きだと、あの時気づいたのだった。
 姫乃に借りた、同性恋愛漫画のセリフを思い出す。寝不足がこのレベルになることは始めてだ。何でこんなに寝ぼけている?ちゃんと寝たはずだが。漫画のことは今関係ない。思い出すな。受験勉強しろ数彦!な、高校に行かないと困るだろ。行けないなんて思っていないけど。でも、落ちてはいけない。勉強に集中、集中。そうだ、集中するんだ。将来、医者になるやろ。だから、集中しないといけないんだぞ。
 ―好きだ
 もうダメだ!あの悪夢が頭から離れない!離れてくれない!
 立ち上がって、先生のいる方まで向かう。
 「すいませんが、トイレに行って参ります」
 「お、おう。わかった」
 速歩で素早くトイレまで着く。
 「あー!なんで僕はこうなっているんだよ!?頭がおかしい!」
 なんで、僕は急におかしくなったんだ。これに笑えるわ。アハハ。これ自体が悪夢か。
 「くそが!」
 鏡に映っている自分を目にする。なんて最悪な見た目をしている者か。
 ―好きだよ。付き合おう
 な訳ないだろ!僕は龍司が大嫌いだ。
 「龍司が大嫌いだ!」
 なんて、僕、誰にそんな嘘をつこうとしているのだ?自分さえ信じないのに。
 「はぁー?お前今なんつった?」
 声の方に体を振り向くと、そこにはとても嫌らしい顔をしている龍司がたっていた。
 なんでここにいる?なんで、お前が頭から離れないんだ?
 「・・・」
 何か言いたいけど、声がでない。俺らを巻く静かさが広がり、もっと苦しくなる。
 「お前、泣いとるんか?」
 変な顔をして、龍司が近寄った。そんな顔ができるんだ。笑える。でも僕は泣いてなんていない。はずだが、暖かなものが目からホッペタに向かって流れるのが感じた。
 「大丈夫なのか?」
 なんでそんなのきくの?お前に関係ないだろうが!僕なんてどうでもいいと思っているくせに、なんで心配そうに見えるんだ!?もうこれが嫌だ。全てが嫌だ。
 「どっか、痛いのか?」
 コイツがもっと僕に近づいて、肩を掴んできた。近すぎる。これより近寄んな!キモいんだよ!
 「離れろ!近寄んなよ、馬鹿野郎が!」
 龍司の手を肩から離して、涙をふいてから教室に戻る。コイツの雰囲気にもう二度とのらないから。仏様、僕の言葉を覚えとけ!あんなガキの雰囲気にのって喧嘩はもう起こさない、だから頼む、この馬鹿野郎を頭から離してくれ!受験に一方通行にするから。今回は絶対になるから!
 心臓が早い速度で鼓動しているのが感じる。なんでこんなに暑いんだ。息苦しい。
 「ハーッハ」
 口から息をしようとしたが、それでも苦しく感じる。
 「数彦、大丈夫か?」
 「大丈夫だ、よ」
 胸元に手を当てて、息を整える。意識はした。
 数分後、息が元通りになった。でも全身が暑いと感じる。熱なのか?それなら、変な悪夢を見たのが結構ちゃんとくる。熱だったんだ、僕。
 手をデコに当てて、体温を確認する。それは予想通り、熱でないとならない温かさ。机の中にあるマスクをつけて、周りにいる人に移さないようにする。
 「大丈夫か?」
 「大丈夫だよ。ただの熱」
 「そう、無理すんなよ」
 「おう」
 今日は日直。だから教室に残って、窓の戸締まりや机の整理、黒板の掃除をする番だ。
 「か、数彦」
 黒板に残ったチョークの後を消していたら、教室の隅から声をかけられた。その声は良く知っている。毎日聞いている声。聞くだけでムカつくその声は、龍司のである。
 黒板消しを持っている手が止まる。
 なんで放課後でも喧嘩を売ってくるんだよ。馬鹿野郎が。
 「帰れ!」
 心の声をそのまんま声に響かせる。でも、教室の反対側にいるガキが動く気配はしなかった。
 何立ちすくんでいるんだよ!
 黒板消しをしまい、チョークで汚れた両手同士で、それを払うように軽く叩く。振り向いて、僕よりも明らかに背の低い、馬鹿野郎の方まで向かう。
 「なんかようか?」
 野郎の顔に視線を向けたら、喧嘩を売ってくる時とは、違う顔をしているのが明らかだ。朝、トイレで会った時の悲しんでいた犬の顔をしている。
 「大丈夫なのか、君?」
 彼の言葉は毒に思えた。
 君?それに大丈夫?心配していないのに、なんできいてくるんだよ?優しいと見せかけて良いことはあるんですか?お前まじでうざい。だからお前が大嫌いだ!
 「お前に関係ねぇだろ?さっさと帰りな」
 犬を払うように、手を前後に振る。でもガキは一センチも動き出さない。何が目的なんだ?コイツの考えることは、いつもまったく分からない。
 「俺等、すごく喧嘩してやん。そん時、俺は多分、何回も酷い言葉使いをしたつぅーか、お前もしてたんだけど、俺は別に傷ついていないし、いいんだけどさ。言いたいことは、その、ごめん。ただその、喧嘩するから傷つけるのはちょっと違うかなと思う。そんで、今までのように絶対にまた喧嘩すると思うけどさ。明日とかね。だから、その時は俺、言葉使いに気をつけてあげるよ。必ずではないが、できたらお前も気をつけたらいいかなって思うんだけど、えっと、別にどうしてもいいけど、その、傷つけてごめん」
 僕のへそあたりに頭を下げながら、何故かわからないが謝っている龍司が目の前にいる。なんで謝っているんだ?僕を傷つけた?言葉使いに気をつける?コイツ、何を言っているんだ?僕は、ごめんという単語意外、全て頭に入ってこなかった。
 「どういう意味だ?」
 頭を下げていたガキは頭を上げた。
 「えっと、アホとか死ねとか時々言ってるでしょ?そのごめん」
 わかりやすい言葉遣いにしたはずのコイツの話が、まだまったくわからない。これはまいったな。
 「お前らしくないね。っで、今までやってきた馬鹿みたいなことはちゃんと辞める気になったの?」
 謝ってきたのなら、これしかないと思う。やっとちゃんとするようになるのか。良くやったよ、龍司。
 「いや、それは無理」
 「はっ?」
 謝ってきたくせに、何が無理なんだよ?意味のわからん奴が。
 「今までのまんまで居続けるけど、言葉遣いだけ気をつけるって言いたかったんすよ。だから、言葉遣い意外は変える気がないつぅか。まぁ、そういうこと」
 言葉遣いを変えて、なんの意味があるんだよ?
 頭を嗅ぎながら、龍司は一度も瞳をずれずに一直線に僕を見つめている。なんだ、この状況。告白みたい。って、僕は何を考えているんだ。
 「そう、好きにしろ馬鹿野郎」
 龍司に背を向けて黒板をまた綺麗にし始める。
 コイツにつきあっていたら、無駄な時間がたってしまうから、日直としての仕事を終わらせるのを優先だ。
 「本当に大丈夫なの?」
 まだここにいるのかよ、馬鹿!
 「別に何も変わらないだろ?なら大丈夫も何も無いんだよ」
 そう言って、日直の仕事を終わらせた。
 汚れた手のチョークを払いながら、運動場側の窓で一番前の席に置いてある自分のカバンを背負って、教室のドアまで向かう。
 「戸締まり、任せっ―」
 龍司に制服の袖から思い切り引っ張られる。
 もう怒っちゃたの?俺、何もしていないのに?本当に弱いな、龍司て。
 「どうした?」
 「トイレで泣いていた時のあれ、俺のせいじゃないってことなのか?」
 あぁ、お前はそれを気にして謝ってきたのか。だから、言葉遣いとかなんだかを変えるからと、言っていたのね。
 美しい。
 「アハ、まじ馬鹿じゃないの?お前のせいで泣くわけがないでしょうが。泣き虫ではないんだから。」
 主人を待ち切れない悲しい犬の顔から、主人の言ったことの意味がわからなくって、首を傾げる犬へと龍司の表情は変わった。へー、そんなに気になっていたのかよ。馬鹿。
 「お前がうざすぎて泣いていたのよ」
 「それ、俺のせいじゃないかよ!・・・・・ごめん」
 また寂しい犬の顔をして龍司は謝ってきた。
 可愛い。
 「そんなのじゃねーから」
 僕の袖を掴んでいる龍司の手を思い切り離す。
 「お前が馬鹿すぎて、イラついたんだよ」
 「はっ?」
 龍司は一歩前に近づき、俺と三十センチもないくらいの距離で目の前に立っている。
 近い。
 怒っている表情は何回も見てきたはずなのに、いつも以上に美しく見える。
 触れたい。
 「俺は何もしていないってことか?」
 「違うよ。お前は馬鹿なことばかりしているではないのか?それ、ムカつくんだけど」
 僕のネックを両手で引っ張って、自分の顔と龍司の顔がぶつかる距離にあるにもかかわらず、龍司はじっと、いつもの吠えている犬のような顔をして、俺を一瞬だけ、黙って見つめられる。
 「俺、真剣に謝ったのに、全て意味なかったってのか⁉︎心配したのも間違えだったのか?貴様、まじでうざいんだよ!」
 犬は吠えた。
 「おや、もしかして傷ついたの?理由をきいてきたのはお前じゃないのか?今さら、何文句を言うの?わがままだね〜」
 怒っている犬を見つめながら笑みを浮かぶ。
 これが僕の初恋なのか。コイツに惚れるとはな。
 なんで龍司?こんなすぐ怒り出して、めんどくさがり屋で、提出物を出さなくて、甘い物が大好物で、誰とも話せて、目が細く、美しくって。
 あー!僕は完全に狂っているじゃないか。恋ってこんなに苦しいものなんだな!漫画とかアニメで見るような美しさなんて存在しないのではないかよ!
 これ、どうすれば消せれる?
 「アホ!だましたな!」
 「だましてなんていないよ。馬鹿で、勘違いしたのはお前だろ」
 普段なら、「誰がアホだ、馬鹿野郎が!」と返して、殴り合いになっていたでしょうね。でも最近はコイツと付き合う暇がない。もうすぐ受験なんだから、子供ごっこはこれで終わりにできないのか?
 殴られると思ったが、龍司は僕のネックを離し、猫を見つめている犬と同じ顔をした。
 片思い

 猫が鳴き、
 犬は吠えて
 猫を追い出す。

 はぁー、僕の現在の状況を完全に語る俳句を浮かべてしまった。
 何処でもいいから、コイツとはもう一人ではいられない。
 そう感じた。
 龍司から離れて、白い息を吐きながら家へと帰る。