(やっぱりすごくいい匂いがする。何だろう、ザ・男性物の香水って感じの重めな香りじゃなくて、ほのかに香ってくる優しい匂いなんだよね……甘くて爽やかで……ムスクとかバニラともちょっと違うし……)

「やっぱり、柔軟剤の香りなのかな? あ、もしくはお香とか? でも煙たさみたいなのは全然感じないし……アロマって可能性もある?」
「え?」
「……あ」

 ――どうしよう。思わず声に出してしまった。

 咄嗟に口許を抑えたが、多分、もう遅い。

 結香が恐る恐る視線を動かせば、黒髪イケメンの彼は、不思議そうな顔で結香をジッと見つめていた。

「あ、っと、その……」

 漂う気まずい空気に、息が苦しくなってきた。
 次に発するべき言葉を考えている間に、エレベーターは七階に到着する。

「……失礼します!」

 狭い密室間での沈黙に耐え切れなくなった結香は、目線は外したまま小さく頭を下げて、足早にエレベーターから下りた。

(あー、どうしよ。急に一人で話しだした変な女って思われたかも……)

 一瞬だけ見えた、きょとんとしていた彼の表情を思い出して、結香は小さくため息を漏らす。

 だけど部署も違う彼とは、早々話すこともないはずだ。社内ですれ違うことは、これからもあるかもしれない。多少気まずく感じるかもしれないけど……それは仕方がない。時間が経てば、彼も忘れてくれるはずだ。

 結香はそう結論づけた。

 今日は朝から大事な打ち合わせが入っている。気持ちを切り替えて、自分のデスクに向かった。