「俺は真宮優雅(まみやゆうが)だ。君の名前は?」
「……白石結香です」

 渋々ながら名乗れば、優雅は目を細めて笑う。

「今朝の答えだが、俺は、香水はつけていないんだ」
「え、そうなんですか?」
「あぁ。だが、最近はお香の類に興味があってね。君の鼻が正しかったということだ」

 一歩距離を詰められれば、結香好みのいい香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。

「そんなにいい香りなら、もっと近くで嗅いでみる?」
「えっ……け、結構です!」
「そう? それは残念だ」

 ちっとも残念とは思っていなさそうな表情でクツクツと笑っている優雅は、結香から距離をとって、その頭にぽんと手をのせる。

「白石さん。それじゃあまた明日」

 そう言って、先に帰ってしまった。
 結香は熱を持った頬に手を当てながら、遠ざかっていく背中をジッと睨みつけるように見る。

(何あの人……もしかして遊び人? 顔はカッコいいけど、性格の方は絶対によろしくないよね。まぁ匂いだけは、やっぱりめちゃくちゃ好みではあったけど……あ。どうせなら、どこのお香を使っているのか聞いておけばよかった!)

 結香は優雅から香ってきた甘やかな匂いを思い出して、少しだけ悔しくなった。

(というか、あの人……真宮さん、だっけ。また明日って言ってなかった?)

 優雅とは、別に毎日顔を合わせているわけではない。二週間ほど前から見かけるようになったとはいえ、顔を合わせたのは今日で四回目だ。その内三回もただすれ違ったり同じエレベーターに乗っただけで、こんな風に会話をしたのは初めてのことだった。

 そのため結香は、別れ際に告げられた言葉を不思議に思った。けれど最終的には、そこまで気に留める必要もないかと判断して、まっすぐ帰路についたのだった。