「あの時はごめんね、心配させて」

「どうやって森から出たんだ?」

カミルがリーゼに尋ねる。

「かわいい狼の子が森の出口まで案内してくれたんです。あの子、元気かな?」

「きっとリーゼが治療してあげた怪我も治って、森の中で元気に暮らしてるよ」

「だといいけど」

微笑みあったリーゼとフリッツを見たカミルは、突然ソファーから立ち上がった。

「そうですか、よくわかりました。では失礼」

そう言って不機嫌そうにカミルは、さっさと部屋から出て行ってしまった。

「何か、怒らせちゃったのかな?」

呆気に取られているフリッツにリーゼは寂しげに答える。

「カミル様が考えていることはよくわからないから……」

「ねえ、リーゼ。はっきり言うよ。僕には君が不幸に見える」

「そんなことないわ。こんなに良くしてもらっていて」

「生贄花嫁だからだよ」

「……」

その言葉にもちろん反論はできない。

「ねえ、知ってる? 黒い森を超えた向こう側には、海がある国があるんだってさ」

「絵では見たことあるわ。海ってとっても青くてしょっぱいんでしょ?」

「今からでもいい。ケンプテン大公国には帰らずに二人で一緒に黒い森を超えて、海のある国へ逃げよう」

「駄目よ、フリッツ。あなたにはイルメラがいるわ」

「もういいんだ、すべてを失っても。でも君だけは失いたくない。君がいなくなってよくわかったんだ。僕には君が必要だって」

フリッツが瞳を潤ませてリーゼを見つめる。

「好きだよ、リーゼ」

「えっ?」

「気付いてなかった?」

リーゼは俯いて頷いた。

「僕がここから連れ出してあげる。一緒に逃げよう」

「フリッツ……ありがとう。でも今は何も考えられない」

「わかった……でもいつでもすぐに僕を頼って。時間はもうあまりないから」

「うん」

フリッツが部屋から出て行ったあと、リーゼはフリッツの突然の告白と一緒に逃げようという言葉に困惑した。そしてそれと同じくらい、出て行ってしまったカミルのことが気になって仕方がなかった。