「フリッツは幼馴染なんです。私が深夜の図書室にいる時によく一緒に本を読んだりして」

「あの男はお前をただの幼馴染とは思ってない」

「え?」

カミルがリーゼの両腕を強く掴む。

「いいか、ここは俺の城だ。俺の前で二度とあの男に微笑むな。身体も触らせるな。わかったな!」

いつもとは明らかに様子が違うカミルにリーゼは少し震えた。それに気付いたカミルは掴んでいる腕を放すと顔を背けて言った。

「すまない……どうかしていた。今言ったことは忘れてくれ」

去って行くカミルの後ろ姿を見ながら、リーゼは益々カミルの考えていることがわからなくなった。

その日の夜にはイルメラとフリッツを歓迎する夕食会が開かれた。

ヴォルフ家には劣ると雖もケンプテン大公国の第一公女として教育されてきたイルメラの美しさと品性に、ヴォルフ家全員がイルメラを気に入ったようだった。ニクラスもイルメラととても楽しそうに会話をしている。カミルもその光景を微笑ましく見たり、会話に入って笑い合ったりしていた。

今までイルメラに父親の大公を独り占めされても、本当は同じ公女という身分なのに召使の扱いをされても、憎みもしなかったし我慢もできた。それなのに今は、カミルがイルメラに微笑みかけるだけで胸が苦しくなる。この場から逃げてしまいたい。早く食事会が終わればいい。そんなことばかり考えている自分がリーゼは嫌で仕方なかった。

夕食会が終わり食事もそこそこに自室へ戻ったリーゼの元に、フリッツが焼菓子を持ってやってきた。

部屋のソファーに並んで座ると、フリッツがリーゼの顔を覗き込んで言った。

「夕食全然食べてなかったでしょ? 夜中にお腹が空いたら食べて」

「うわあ、おいしそう。フリッツはいつも優しいね。ありがとう」

「ねえリーゼ、やっぱりこんなのおかしいよ」

「え?」

「生贄花嫁なんて。そんな恐怖に耐えられる人間なんていない。もう我慢しなくていい。僕と一緒に大公国に帰ろう」

「フリッツ! なんてことを……」

「みんなどうかしてる。僕は絶対に君を生贄なんかにさせない。死なせない」