シュヴァルツヴァルト、通称黒い森。

その支配者の元にはカミルの他にも様々な獣筋の貴族の管理者がいて、それぞれが管理する森への干渉は禁忌とされている。

ヴェンデルガルトの棲家は、カミルが管理する森の一番はずれにあった。

一日中太陽の光が当たらない苔生す岩場。普段の見廻りでもヴェンデルガルトの棲家の前を通ることはあっても、声をかけることはなかった。ニクラスにも嘘つきで軽薄で天邪鬼な魔女とは関わるなと言われていたからだ。

カミルは森の見廻りに行くと言って白馬に乗って城を出ると、密かにヴェンデルガルトの棲家を訪れた。

小さな木の扉をノックすると被ったフードの隙間から長い白髪を垂らし、顔は皺だらけで長い鉤鼻が上唇まで覆いかぶさっているヴェンデルガルトが現れた。カミルを見るとにかっと笑ったが、生えている歯は下顎の一本だけだった。

「これはこれは珍しい。カミルの7代目じゃないか」

「久しぶりだな、ヴェンデルガルト。少し聞きたいことがあるんだが」

ヴェンデルガルトは快くカミルを家の中に案内した。

まさに魔女の家というような想像通りの部屋で、竈にかけられたぶくぶくと音がする大きな鍋からは湯気が出ている。低い天井からは動物のはく製やたくさんの乾燥した野草などが所狭しと吊り下げられていた。

「紅の月の夜の話だろ?」

見透かされたカミルはドキリとしたが、下手に嘘をついてヴェンデルガルトを刺激して話を拗らせるより、できるだけ誠実に接して話を前に進めることにした。

「ああ、その通りだ。122年前の儀式のことを知っているな?」

「クーックック。知ってるどころか、あたしもあの湖に行って見ていたよ」

「そうだったか。その夜、どんなことが起きたんだ?」

「そんなことは知らないさ。来月まで待てばわかること」

「生贄花嫁の儀式を執り行わないとどうなる?」