「行こう」

再び馬を歩かせ蒼い湖に差し掛かると、馬に水を飲ませるため二人は岸辺に降りた。

馬が水を飲んでいる間に、カミルも上着の袖を捲って湖の水を口に含み水質を確認していた。湖の水面に反射した太陽の光がカミルの白い頬をゆらゆらと照らしてさらに美しくさせる。

「俺の顔に何かついているか?」

しまった! 見惚れていたのがバレてしまったかも! 

リーゼはカミルの横顔から視線を逸らすと、カミルの袖を捲った左腕に深い傷痕があるのに気付いた。

「どうしたんですか? その左腕の傷跡」

「どうしたと思う?」

「銃で撃たれたみたい」

「昔、人間に撃たれたんだ」

「人間に!? そんな酷いことを……」

「それだけ?」

カミルがリーゼをまた見つめてきた。

どうしていつもそんなに見つめてくるのだろう。それともこんな酷いことをした人間代表として謝るべき? 困惑しているとカミルが視線を外して小さく笑った。

「なんでもない。それより、この湖の畔が紅の月の夜に生贄花嫁の儀式を執り行う場所だ」

「ここが私の最期の場所……」

「この蒼い湖も紅に染まるだろう。怖いか?」

リーゼは首を横に振った。

「いいえ、怖くないです。もう覚悟はできてるから」

「いっその事、誰も俺たちのことなんて知らない遠い場所へ、二人で一緒に逃げるか?」

「えっ?」

耳を疑った。いつもの自信満々で責任感が強いカミルからは考えられない言葉だった。

なんて返事をしたらいいか困惑していると、カミルはリーゼの頭を軽く撫でた。

「さ、もう行こう」

カミルが抱き上げて再び馬の背に乗せてくれ、二人は城へと森の中を進んでいった。

リーゼはカミルが何を考えてるのかもっとわからなくなった。けれど、生贄花嫁には絶対になると固く決心した。