「カミルの名を背負った当主でこの儀式を執行しなかった者はいない。しかしもう十分罪は償っているはずだ。俺は、この儀式を俺の代で最後にしようと思っている」

「えっ?」

カミルは振り返ったリーゼの顔を見つめて言った。

「俺は、もうこんな馬鹿げたことはしたくない。生贄花嫁の儀式は執り行わない」

「そんなことしたら、カミル様はどうなるの? 森の動物たちだってどうなるの?」

「……」

「みんな死んじゃうんでしょ? そんなの絶対ダメ! 私は死んだって構わない。私は、生贄花嫁になりたいんです!」

「生贄花嫁になりたいって……」

「私、生まれてきてからいいことなんてひとつもなかった。生きてても仕方ないって毎日思ってた。でも生贄花嫁になれたから、カミル様があの監禁塔から連れ出してくれた。もうこれで十分。森のみんなのために死んでいける方が、私にとっては幸せなんです」

「お前は自ら死を選ぶほど、辛い思いをしてきたというのか?」

リーゼは二人についてきている森の動物たちを振り返った。

「そうじゃないです。みんなのためになりたいだけ。だから、カミル様は何も気にせず儀式を執り行ってください。そして自分の責務を果たして、呪われし名の宿命から解放されて」

「リーゼ……お前という娘は……」

手綱を引きカミルは歩く馬の脚を止めた。振り返ったリーゼの頬を両手でやさしく包んで見つめると、漆黒の長い前髪からのぞく青い瞳を伏せて唇をリーゼの唇に近づけてきた。

まただ! 昨日の夜みたいにもしかして!? 

リーゼがぎゅっと目を閉じようとした時、カミルの動きが止まった。

気が付くと、馬上の二人をついてきた森の動物たちが取り囲んでじっと見ている。

「また邪魔が入った」

カミルが動物たちを一瞥すると、皆慌てて方方に散らばって行った。