この一年の間、あらゆる国々に間諜を放って生贄花嫁にするブラックオパールの瞳を持つ娘を探していた。

ケンプテン大公国に放った間諜からブラックオパールの瞳を持つ娘が市場で見つかったと知らせが来た時は、ちょうどいい生贄花嫁が見つかったとしか思わなかった。

その後、その娘が左目に包帯を巻いていると聞いてもしやと思った。娘の名がリーゼだと知ったのもその時だ。

あの時の少女かどうか早く確かめたくて、一日も早く会いたくて、遠路遥々自ら大公国まで迎えに行った。

もしあの時の少女なら生贄花嫁にしたくない。しかしあの少女にはもう一度会いたい。

あの少女であって欲しい気持ちとあって欲しくない気持ちを同時に抱えたまま大公国の謁見の間に入った時、あの少女の甘い香りがした。

その時の喜びと絶望が入り混じった感情と言ったら!

十年ぶりに再会した彼女は背が伸びていて胸も膨らみ少女から大人の女性になっていた。左目にはあの時と同じように包帯を巻いている。しかしあの頃のような無邪気さは全くなく、纏っている陰は深く暗かった。

今すぐにでも駆け寄って抱きしめたい! あの時の狼の子供だと気付いてほしい! 

逸る気持ちを我慢してずっと見つめ続けても、彼女は表情ひとつ変えなかった。

自分を見たらすぐに思い出してくれるかもしれないという期待も見事に打ち砕かれた。でもそれは狼の姿ではない成長した人の青年の姿をしているからだと言い聞かせることができた。

しかし今。愛し続けて手に入れたくて夢にまで見たリーゼがこんなにすぐ近くにいるのに。触れることもできて自分を見つめ返してもくれるのに。自分は彼女を生贄花嫁にしようとしている!

リーゼを愛すれば愛するほど、黒い森の管理者であるヴォルフ家の当主としての使命と責任を果たそうとすればするほど、カミルの懊悩は深くなった。

バスタブから出て濡れたままの身体にバスローブを羽織りテラスに出る。

月のない夜で尚更に黒い森を眼下に見下ろしながら、肌寒い春の夜風に吹かれてカミルは頭と体を冷やした。