「元気になったのね、よかった。でももうこんなに暗くなっちゃったから、森の出口がわからなくて帰れない。どうしよう……」

カミルは少女の役に立ちたかった。

先に洞穴を出て何度も少女を振り返っては立ち止まり、付いてくるよう伝えようとする。少女もわかってくれたようで、二人は三日月の薄明かりを頼りに森の中を一緒に歩いていった。

森の出口まで案内すると少女を呼ぶ少年の声が聞こえた。

「あっ! フリッツだわ! じゃあ、狼さん、さようなら」

少女は森の外へと走って行った。

カミルは少女がどこの誰なのか知るためについて行きたかったが、ちょうどその時祖父であるニクラス5世の自分を呼ぶ遠吠えが聞こえた。傷口も一時的に痛みを感じていないだけだし、体力ももうあまり残っていない。

カミルは後ろ髪を引かれながら森の中へと戻って行った。

それ以降、森の中は勿論のこと、危険を冒して何度も森の外の人間の国々まで少女を探しに行ったが、二度と会うことはできなかった。

バスタブの中でカミルは濡れた手で漆黒の髪をかき上げる。

いつもは前髪で隠れている美しい額が露わになり、後ろに流した髪から滴り落ちる雫が湯の中に落ちて融けていく。

あの時森の出口で少女を待っていた少年は、大公国で馬車に乗る時にリーゼをハグしようとしていたフリッツに違いない。

あんな石造の監禁塔に幽閉されていたのでは香りも追えずどれだけ探しても見つからないはずだ。もう十年もの間ずっと、一度でいいからもう一度会いたいと願っていたのに。こんな形で再会することになるとは。

122年に一度の紅の月の夜の生贄花嫁の儀式を執り行えば、リーゼを失うことになる。

代々ヴォルフ家の当主はブラックオパールの瞳を持つ娘を探し出し、生贄花嫁として黒い森の支配者に捧げることによって管理する森の安寧を保ってきた。先祖代々この儀式の掟を破った当主は一人もいない。