「この娘はただの使用人ではあるが不憫な娘でな。本当に生贄花嫁にするおつもりか?」

「ええ。掟ですから」

「そうか。ではひとつだけ条件がある。この娘に苦痛だけは与えないでほしいのだ」

「わかりました。眠り薬で眠らせている間に生贄花嫁の儀式を終わらせるとしましょう」

「よろしく頼む」

心の底からリーゼは安堵した。

覚悟はできているし諦めもついてはいたけれど、生贄になるのはやっぱり怖い。

そして何よりも、父親の大公が最後まで自分のことを心配してくれていたのが嬉しかった。

「このような縁談を承諾して頂き心より感謝申し上げます。心許りですが、結納の品をお納めください」

カミルが合図すると、荷台に乗せられた目も眩むようなたくさんの金銀財宝が運び込まれた。

あまりの豪華さにこれにはベルタも感嘆の声を上げた。

大公は高座からリーゼに呼びかけた。

「リーゼよ、国のために本当にすまない。どうか許してくれ」

「いいえ、大公陛下。本日まで慈しんでくださった御恩に、心からの感謝を申し上げます」

もう泣かないと決めていたのに、リーゼの包帯を巻いていない右目から一筋の涙が頬を流れた。

きっと左目からも涙は溢れているのだろうが、包帯が吸い取ってしまうからわからない。

その様子を見守っていたカミルはリーゼの元に向かうと片手でそっと右頬の涙を拭い、その涙の痕にやさしくキスをした。

その自然さと所作の美しさに広間にいた人々から小さな歓声があがったほどだ。

イルメラは苦虫をかみ潰したような顔で二人を見ている。

突然頬にキスされて驚いているリーゼの手を取ると、カミルは大公に一礼した。

「それではこれにて失礼致します。行くぞ」

カミルはリーゼの手を引っ張るようにして広間から連れ出して行った。