「然ればこそ。もうこんな馬鹿げた儀式は二度と行わせない。誰も生贄花嫁になどしない。未来のために」

衝撃的なカミルの発言に櫓の下で見守っている一行も騒めいた。ニクラス5世が堪らず叫ぶ。

「馬鹿なことはよすのだカミル! 早く生贄花嫁を差し出して許しを請うのじゃ!」

「いいえ、お爺様。俺は呪われしカミルの名を継ぐヴォルフ家の当主として、この儀式を今日で終わらせます。たとえ己の命を賭しても」

ドラゴンが声高らかに笑う。

「あーはっはっ! 愚か者めが。貴様の命などいくつあっても、この儀式を終わらせることなどできぬわ」

「それなら、これならどうだ?」

カミルは左手の薬指に嵌めていた深紅のルビーの指輪を高く掲げて見せた。

「それは! 長期に渡り探していた我が命の指輪!」

「この指輪のルビーを俺が破壊すれば、お前の命もそこで尽きる」

「やはり122年前の儀式の際にここで落としていたか」

「カミル6世が拾い当家に生贄花嫁の婚約指輪として受け継がれていたのさ。122年間、探しに来たくとも来れなかったのだろ? 今を逃すと次はもうないぞ。俺が直ちにこのルビーを破壊するからな」

カミルはニヤリとして言った。

「我を脅迫するのか?」

「取引と言ってもらおう。この指輪と交換に、生贄花嫁の儀式を終焉させろ」

「小癪な」

ドラゴンは天を仰ぐと怒りを発散するかのように、口から凄まじい勢いで炎を吐いた。

「俺を殺して指輪を強奪すれば、お前だってその不条理さに支配者の怒りを買うぞ? さあどうする? シュヴァルツヴァルトの支配者に仕えしドラゴンよ!」

カミルとドラゴンは睨み合い対峙した。凄まじい緊迫感に湖畔は静まり返り、櫓の下の一行も身動ぎひとつできない。