人間と何ら変わりない姿で狼の被毛などどこにも生えていない。

それどころか誰がどう見ても美しい男だった。

透き通るような白い肌に漆黒の髪。

長い前髪からのぞく切れ長の青い瞳に憂いのある口元。

顔は女のように美しいのにスラリと背は高く、細身なのに筋肉質そうな胸を張った颯爽とした立ち姿は、金刺繍が施された高価な謁見服がよく似合っている。

そのあまりの美しさと凛々しさに、イルメラなど小さく声をあげてしまったほどだ。

狼筋の男は鎮座する大公の前に進み出ると片足を折って跪き礼をした。

「本日はお初にお目にかかります。シュヴァルツヴァルトの正統管理者の一人、カミル七世・フォン・ヴォルフでございます」

「貴殿が噂の狼筋の黒い森の管理者。これは大層美しい青年ではないか。きっと貴殿の姿を一目見たら、大公国中の娘たちが色めき立つであろう」

「大公陛下こそ、ご健勝のこととお慶び申し上げます」

「早速ではあるが紹介しよう。こちらは我が妃ベルタと第一公女のイルメラだ」

立ち上がってカミルが会釈するとイルメラは飛び切りの笑顔で挨拶した。

「御機嫌よう」

「そしてこちらが、我がむ……いや我が城の使用人、リーゼと申す者だ」

リーゼは顔を伏せたままドレスのスカート部分の両端を掴み、片足を後ろに引き膝を曲げて小さくカーテシーした。

顔を伏せたままのリーゼが視線を感じて顔を上げると、美しい青い瞳のカミルがリーゼを真っ直ぐに見つめていた。

カミルとはじめて視線を交わしたリーゼは、自分を生贄花嫁にしようとしているこの男に不思議と恐怖を感じなかった。

それどころかなぜだかとても、懐かしい気がした。