きっとカミルはリーゼが木こりに襲われた時にドレスの胸元を引き裂かれたのを思い出したのだろう。それ以上リーゼの身体に触れようとしなかった。リーゼもベッドから起き上がって座るとカミルが言った。

「今日はお前と会えて……ぐはっ!」

何か言いかけて急に激しく咳き込んだカミルは、冷たい石の床に四つん這いになり片手で口を押さえた。

「カミル様!?」

カミルの背中をさすりながら顔を覗き込んだリーゼは驚いた。口を押さえているカミルの掌からは大量の血が溢れている。

「カミル様! 血が!」

「大丈夫だ」

「大丈夫じゃないです! すぐに医務室へ」

「いいんだ!」

「でもやっぱり私のせいで命が!」

「違う。これは俺の宿命だ。逆らうことはできない。宿命とはそういうものだ。抗えば抗うほど抜け出せなくなる。いいか、生贄花嫁の儀式が終わるまで絶対にこの城から出るな。わかったな?」

「でも……」

「はいと言ってくれ、頼むから」

「……はい」

壁に背をつけ床に座りこんだカミルの口元に付いている血をリーゼがハンカチで拭き終わると、カミルはリーゼの左目の包帯の上に優しくキスをした。そして小さく口笛を吹くとザシャが監禁塔の階段を駆け上ってやってきた。

「カミル!」

「大丈夫だ。肩を貸してくれ」

ザシャの肩を借りたカミルはリーゼが作った薬の瓶を持って立ち上がった。

「薬、ありがとう。元気でな」

カミルとザシャが出て行っても、リーゼは暗くて狭い部屋の真ん中でずっと立ち尽くしていた。

自分のせいでカミルは死んでしまうかもしれない。あのいつも強気で自信に満ち溢れているカミルが、あんなに青褪めた顔で大量の血を吐いて……。

カミルの命が心配で仕方なくてリーゼの右目から溢れる涙は止まらなかった。