「でも、イルメラを選んだのはカミル様です」

「カミルには黒い森の管理者のヴォルフ家当主としての責務があるからだよ。カミルの両肩にはこの森の生きとし生けるものすべての命が重く圧し掛かっている。自分の気持ちだけを優先するわけにはいかないんだ」

「私、カミル様のこと、何もわかってない……」

「無理もないよ。カミルは弱音を吐かない男だから。でも、いつもリーゼの幸せを一番に考えていることだけは信じてあげて」

「ごめんなさい。カミル様のことを考えると涙が出てきちゃうから。今はただ、早くケンプテンに帰りたい……」

泣き出したリーゼの両肩にザシャは両手を置いた。

「今は辛いかもしれないけれど、必ず幸せになれる時が来るから。その未来への希望だけは忘れないでいて」

「励ましてくれてありがとう、ザシャ様。あの、ひとつだけお願いがあるんですが」

「何?」

「カミル様が私のために用意してくれたウェディングドレスを持って帰りたいんです。私、あの時が一番幸せだった。大切ないい思い出として近くにそっとしまっておきたいんです」

「うん、わかった」

二人は微笑み合うと最後の別れのハグをして、リーゼは馬車へ乗り込みカミルの城を去った。

馬車に乗って窓の外を見ながらケンプテン大公国へと森を進んでいく。

カミルは見送りに来なかった。それが答えなのだ。でもカミルが離れていってもカミルを好きな気持ちは変わらなかった。好きだから、幸せだったから、その分辛いだけ。

窓の外を見ながらぼんやりそんなことを考えていると、道脇に老婆が立っているのが見えた。ヴェンデルガルトだった。リーゼは馬車を止めて駆け寄った。

「お婆さん!」

「これはこれは包帯のお嬢さん」

「この前は助けてくれて本当にありがとう。お礼に行きたかったんだけど、あれ以来森に行くことは禁止されてしまって。ごめんなさい」

「カミルの7代目がちゃんといい手土産を持って来てくれたから大丈夫さ。国に帰るのかい?」